NO-MA ARCHIVE(ノマ アーカイヴ)

講演
2019.10
アール・ブリュット、コンテンポラリーアート、市民のアートの多元性

保坂健二朗(東京国立近代美術館主任研究員)

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この文章は、保坂健二朗氏が「2019ジャパン×タイプロジェクト」の一環として実施された国際研究フォーラム「アジアにおける障害者の芸術活動」(2019年10月19日/バンコク芸術文化センター)で講演された内容をまとめたものです。肩書は講演当時のまま掲載しています。

このあとのディスカッションで、ぜひ、アール・ブリュットという概念は一枚岩なのだろうか?アール・ブリュット以外の概念、あるいはアウトサイダー・アートという概念、それ以外の概念を今、私達は必要としているのではないだろうか、ということをテーマに話をしたいと思っています。

坂本三次郎さんという方の作品では彼が生活している施設の竹や木の棒、あるいは石で囲いをつくっています。その囲いの痕跡を、施設の人が「これはひょっとすると坂本さん自身の何らかの表現かもしれない」と考えました。ただの痕跡にしては美しいと考えて写真に収めたわけです。つい、我々はこれを「作品ではないか?」「アール・ブリュットではないか?」と考えてしまうわけですけど、果たしてそれが正しいのかどうか、今日は皆さんで話してみたいと思います。

私のスピーチは、まず、社会福祉施設における障害者による芸術創作活動の事例を確認。次にアート系インスティテューションによる事例を紹介。そして、アーティストと障害者がコラボレーションしている事例を確認します。その上で、私なりの分析、まとめをして、次のディスカッションに移りたいと考えています。

日本の福祉系のインスティテューションによる評価・紹介の方法

関西を中心に展開される福祉施設による芸術創作活動

まずは、Atelier Incurve(アトリエ・インカーブ)という大阪の施設を紹介します。主宰している今中博之さん自身も障害者ですが、絵が得意な人達が集まって制作をしています。

この施設では、さまざまなタイプの作品があります。おもしろいのは、彼らはそこで作られている作品を、アール・ブリュットとは絶対に呼ばないことです。出品作品がアール・ブリュットとか、アウトサイダー・アートと呼ばれるような展覧会には、彼らの作品は出品されません。あくまでもコンテンポラリー・アート、あるいはアートという文脈において紹介されるときのみ出展しています。

もう一つの特徴は、彼ら自身で自分達の施設を事実上プロモートしていることです。その展覧会は、いわゆるグループ展のようであると同時に、Atelier Incurveを紹介する展覧会にもなっています。もちろん、アール・ブリュット、アウトサイダー・アートという言葉は使われず、あくまでも、最先端のコンテンポラリー・アートとして紹介されます。しかもそれが、日本の公立美術館、あるいはオルタナティブスペース的な美術館で紹介されているという特徴があります。

次にたんぽぽの家という施設を紹介します。こちらは、播磨靖夫さんが運営しているノンプロフィットの組織になります。ここの特徴は「エイブルアート」という概念を提唱していることです。英語に訳すと少しおかしな単語になるのですが、作品そのものを指しているのではありません。「proposing in 1995 the Able Art movement for forming a new relationship between art and society」とあるように、美術と社会の間を取り結ぶムーブメントとして提唱され、そのムーブメントがエイブルアートと呼ばれているのです。

ですから、彼らにとっては、この作品がエイブルアートかどうかということは問題ではなくて、作品を通じて、あるいは作者を介して、いろいろな人達が集まり、社会と人とが繋がっていくことが大事となります。社会と美術を繋げていく、あるいは美術によって社会と人を繋げていく。そういうことを、彼らはムーブメントとしてやっています。そのときの「人」には、もちろん障害者だけでなく健常者も含まれています 。障害者に限定しているわけではないのですが、美術と社会を結ぶムーブメントとして、忘れられがちな障害者を中心に据えているというのが、彼らの特徴になります。

そういう背景があればこそ、彼らの活動にはいくつかの特徴があります。

1つは、誤解が生じるかもしれませんが、作品のクオリティーです。ほかの作品に比べてオリジナリティがあるかどうかは、この運動においてはあまり重要ではありません。あくまでもその作品を作る人と社会とを結び付けていくということが大事なので、その結び付きが生まれていれば、それで良いという考え方です。

エイブルアートカンパニーというおもしろい活動もやっていて、いろいろな作家に登録してもらって、作品でTシャツや靴下などを作り商品化しています。作品そのものを販売することもあります。作者と作品をほしがっているかもしれない潜在的な人々を結びつける。これがエイブルアートムーブメントの特徴です。

ちなみに「エイブルアート」という言葉は日本で商標登録されているので、彼らの許可なくエイブルアートという概念を第三者が使うことはできません。逆にいえば、彼らはそうやって自分達の活動を大切にしています。

次に、ボーダレス・アートミュージアムNO-MAを紹介します。滋賀県にある施設で、運営しているのは、北岡賢剛理事長が率いる社会福祉法人グローです。障害者、健常者、プロ、アマ、高齢者、若い人、子供。そういったさまざまなボーダーを抜きにして作品を集めて展覧会を開催しています。

私自身がキュレーションに関わったこともあります。NO-MAも社会福祉法人が運営しています。最初の頃は健常者と障害者をボーダレスの視点で展示することが多かったのですが、最近では、福祉に根差している以上、障害者だけではなく、例えば高齢者が作る作品にも目を向けていっています。老人をテーマにした展覧会というのは、日本ではめずらしい事例ではないかと思います。

ボーダレスには、多くの意味を含みます。彼らの施設にいるプロのキュレーターだけではなくて、公募の形で受け入れたり、あるいはワークショップの形で、「一緒にみんなでキュレーションしてみましょう」とやったりしています。展覧会評もプロのライターだけではなく、「みんなで作品を批評してみましょう」と考えたりして、展覧会のプレからポストまで、すべての状況においてボーダレスを実践しようとしています。非常に先駆的な事例であると思われます。

次はみずのき美術館です。少し古い建物を改修して、美術館に仕立てています。ディレクターを務めているのは奥山理子さんです。みずのき美術館は、母体となった社会福祉法人があって、その社会福祉法人のなかに、いわゆる絵画教室がありました。プロのアーティストが教えていて、もちろん障害者が制作することに理解があるのですが、障害者だからといって特別な内容を教えるのではなく、健常者と同じような形のスタディや、色に関するスタディをしたりしていました。そのスタディの実例やいわゆる作品を含めて、膨大な量のコレクションがあるというのが特徴です。

堀田哲明さんという人が描いた家の作品がたくさんあります。こちらは私自身もキュレーションに関わったのですが、その家の作品だけで構成した展覧会がありました。家の絵を描こうというなかで、色を塗り分けていくスタディがありました。これがみずのき美術館の事例になります。

福祉の活動を支えている財団として、日本財団の事例を紹介します。

彼らはここ数年、「DIVERSITY IN THE ARTS」と称して、美術における多様性をテーマに活動しています。施設はなく、「DIVERSITY IN THE ARTS」というコンセプトのもと、いろいろな場所で展覧会を開催しています。障害者だけではなく、さまざまな人達が作った作品を一緒に展示しています。

数年前に東京の青山のスパイラルで開催された「ミュージアム・オブ・トゥギャザー」という展覧会は少しファッショナブルなものでした。オープニングには首相が来場したり、元SMAPのメンバーが参加したりして、ダイバーシティーという理念を非常にパワフルに強調していました。

日本のアート系インスティテューションによる評価・紹介の方法

共有する場をつくる「ポコラート」

多様なコミュニケーションを重視する「TURN」

次に、アート系インスティテューションがどのように障害者の芸術創作活動を紹介しているのかを確認したいと思います。

まず、東京にあるアーツ千代田3331。彼らは「ポコラート」という概念を提唱しています。「Place of “Core +Relation ART”」の略です。日本財団と少し似ていて、障害を持っている、持ってないに関わらず、作品をみんなで共有できる場を作っています。

「ポコラート」という言葉が示すのは、作品というよりは場です。場を作ることが大事。エイブルアートがムーブメントであったことと少し似ています。

ポコラートは、基本的に公募で展覧会を形成しています。私も立ち上げから3、4回、審査に関わりました。

運営しているのは、日本ないし東京を代表するオルタナティブスペースを運営している中村政人さんというアーティストで、いわゆるアーティスト・ランです。

ポコラートのおもしろいところは、作品を集めるだけではなく、ワークショップも公募しているところです。アーティスト・ランのスペースならではの、ほかにはちょっとない試みだと思います。

次にアーツカウンシル東京という地方公共団体系の組織がやっている事例を紹介します。彼らは「TURN 」という概念を使っています。提唱しているのは日比野克彦さん。彼もアーティストですが、何かを変えよう、常識をひっくり返そう、日常と非日常の境界線をひっくり返そうとか、そんな意味が込められています。ここも、障害を持っている人、持っていない人、子供、大人、さまざまな作家を包括的に考えて、活動しています。エイブルアートと理念的には非常に似ています。作品の質は問いません。少なくとも私にはそう見えます。

彼らは「展覧会」とはいわずに「フェスティバル」「フェス」と呼んでいます。日本では音楽のイベントとして使われることが多い言葉ですが、何か楽しげな場所として認識されています。年に1回、非常に短い日数ですが「TURNフェス」を開催して、いろいろな人が集まる場を作り、例えば目の見えない人の体験をしてみるとか、障害者と実際に対話してみるとかということもしています。もちろん障害者の作品もあります。しかし、作品そのものを見るというよりは、そこでコミュニケーションが生まれることを重視しています。

彼らは「TURN」という言葉を、表現を生み出すアートプロジェクトであると定義しています。障害の有無、世代、性、国籍、住環境など背景や習慣の違いを超えた、多様な人々の出会いによる相互作用を生み出すアートプロジェクトの総称です。

2020年に東京ではオリンピックが開催されます。現都知事はダイバーシティーを理念として掲げています。文化のプラットフォームとして「TURN」が機能しています。2020年以降、どのような形で続いていくかわかりませんが、2015年に立ち上がり5年間活動を続けてきたなかで、「TURN」というコンセプトが定着することが期待されています。

アーティストによる協働の方法

さまざまな言葉、理念の乱立状態

ここまで文化系、福祉系の施設を紹介してきましたが、日本の地理に詳しい方だったら、関西エリアという圏域に集中しているという特徴があるとわかると思います。その圏域のなかにいろいろな公共施設があり、インカーブはコンテンポラリー・アート、たんぽぽの家はエイブルアート、NO-MAはボーダレスアート、あるいはアール・ブリュットといった概念を提唱しています。みずのき美術館は絵画教室で作られたコレクションを持っているので、本来のアール・ブリュットとは少し違いますが、常に「アール・ブリュットとは何か」ということを提案しながら、活動を続けています。

東京にはオルタナティブアートスペースとしてのアーツ千代田3331、そして行政系のアーツカウンシル東京があって、どちらも日本を代表する現代美術のアーティストがディレクションしているという特徴があります。もっと広い範囲で活動している日本財団は「DIVERSITY IN THE ARTS 」という概念を使っています。とにかく、いろいろな言葉、理念が乱立していることがわかります。

この状況を整理して説明できる人はいません。ですから、私がよく記者の方などに「日本の状況は?」と聞かれます。混乱が生じているわけです。

定義できない「アール・ブリュット」「アウトサイダー・アート」という概念

ご存じのように、アール・ブリュットという概念は、もともとフランスで生まれたものです。しかし、すべての日本人が知っているわけではありません。ですから、「アール・ブリュットとはエイブルアートですか?」とか、「ポコラートとエイブルアートはどう違うんですか?」など、いろいろな質問を受けます。その都度、一生懸命答えるのですが、この状況をどうしたらいいのかと、いつも自問しています。

そんなとき思い出すメモが1つあります。1979年にロジャー・カーディナルという人が書いたメモです。

ロジャー・カーディナルを紹介すると、彼は1972年、『アウトサイダー・アート』という本を書きました。これが「アウトサイダー・アート」という言葉の出発点だといわれています。しかし、この本を読んでも、最初から最後まで「アウトサイダー・アート」という言葉はどこにも出てきません。「アール・ブリュット」というフランス語は何度も出てきます。 おそらく彼は、「アウトサイダー・アート」という言葉を作っていません。ある機会に、「編集者が英語圏に対して『アール・ブリュット』という言葉を使っても売れないので、『アウトサイダー・アート』という言葉を作った」と書かれています。本のなかに「アウトサイダー・アート」という言葉がない以上、ここでは定義されていないのです。「アウトサイダー・アート」は定義がない概念だといってもいいほどです。

1979年の彼のメモに話を戻します。出版から7年が経っているわけですが、ロジャー・カーディナルはロンドンで「アウトサイダー・アート」の展覧会のキュレーションを務めた際、その時点でもタイトルの候補で悩んでいたのです。「オルタナティブ・ビジョン」とか、「抵抗のカルチャー」とか、「ゲリラアート」など、いろいろな言葉がメモに残されています。どうしたら、もっと伝わるのか。最終的には「アウトサイダーズ」というタイトルになりました。ここに、命名の難しさが見て取れます。今は「アール・ブリュット」と「アウトサイダー・アート」に収れんされているといえますが、当初は命名に関わった人達ですら悩んでいたわけです。

実は「アール・ブリュット」という概念も非常に難しいものです。

「アール・ブリュット」という概念は、1945年、ジャン・デュビュッフェが提唱したのですが、彼はアーティストであり、多くの著書のなかに「アール・ブリュット」の概念が何度も出てきます。しかし、定義が微妙に変わっていく。最終的にはある友人への手紙のなかで「『アール・ブリュット』を定義するのは不可能なんだ」とすら書いています。

つまり、どちらも命名した本人が定義していない、もしくは定義が不可能だといっている概念なわけです。そこを頭のどこかにとどめておく必要があると思います。

そういった概念に関わる作品であるからこそ、日本でもさまざまな言葉の乱立が起こっているわけです。さまざまなアクターがユニークな作品に関わっています。その作品に対して命名したくなる気持ちはわかるし、歴史的な背景をみても、さまざまな概念が生まれると納得せざるを得ないわけです。

いうまでもありませんが、「アール・ブリュット」は決して障害者が作った作品とイコールではありません。しかし、私自身は、障害者が作った作品に目を向けてほしいと思い、関わっているわけですが、障害者が作った非常にユニークだと思われる作品をピックアップして、それを展覧会という通常、美術館がやっている形式に落とし込む際、優れていると思われる作品に「アール・ブリュット」という概念を与えてきたわけです。フランス発の概念を使うことによって、「これは『アール・ブリュット』として認めていいか。そういったクオリティーを持つか」と問いかけることができると考えたからです。

しかし、人はどうしても物事を短絡的に考えがちです。今、日本では、「アール・ブリュット」は社会福祉系の法人がやっている障害者の芸術創作活動のプロモーションとして担がれている概念と考える人もいます。むしろこの言葉を使うことは良くないといった雰囲気すら生まれているのです。

現代美術の世界で注目される「Participatory Art」「Socially Engaged Art(SEA)」とは

ここで少し話をガラッと変えたいと思います。

先ほど「エイブルアート」とか、「ポコラート」という話をしました。彼らはムーブメントとか、プラットフォームという概念を使っているわけです。「TURN」もそうですが、ソーシャリーにインクルーシブな場を作っていくことが重要だと考えています。NO-MAにしても、いろいろな人達が展覧会に関わることで、ソーシャルインクルーシブな状況が生み出されるわけです。

現代美術の世界で注目されている参加型アートとして、Participatory Artとか、Socially Engaged Art( SEA )が思い出されます。Socially Engaged Artと社会福祉法人などがやっている活動は、非常に近接しているわけです。では彼らの活動をSocially Engaged Artと呼んでいいのか、もしくは、Participatory Artと呼ぶべきなのか。実際には日本のアート界は自分達の世界に閉じこもろうとしているところがあるので、いくら社会福祉法人がおもしろい活動をしていても、なかなかSocially Engaged Artと呼ぼうとはしません。

実際には、アーツ千代田3331とアーツカウンシル東京のアート系インスティテューションが障害者の創作活動をしてくことで、その垣根は崩れつつあります。つまり、彼らがやっている、障害者が関わっているアートを紹介しようとするプロジェクトをSocially Engaged Artと呼ぼうとする雰囲気は確かに生まれつつあります。しかし、それ以外の人達、特に福祉の世界の人達の活動については、やっていることは3331と同じようであったとしてもなかなか見ようとしないアート界の少し残念な状況もあります。

ここで、Socially Engaged Artとは何かということを、一応確認しておきます。

例えば、ブラジルのアーティストで、みんなでひもを結んで、その結果がだんだん作品化していくものがあります。できたものが作品というよりは、そのプロセス、あるいはやっている瞬間、作ろうとする考えそのものがアートであるという理念です。

タイには、リクリット・ディラバーニャによる参加型アートの伝説的な作品があります。リクリットは、パッタイという展覧会で、通常は鑑賞するために用意された展覧会という場に、食べものを持ち込んで、食べものを介して生まれるコミュニケーションそのものをより重視すべきではないかということを考えました。コミュニケーションを生成するツールとして、アートを考えたわけです。私などは、もしこれが現代アートの世界でアートと認められているのであれば、社会福祉法人がやっているさまざまな活動も、アートと呼んでいいのではないかと考えるわけです。

アーティスト達は、施設よりも、あるいは非常に閉ざされたアート界という場所よりも、非常に柔軟な考えを持って、さまざまな活動をしています。

ポーランドのジメジェフスキという人の「ブラインドリー」という作品は、そのタイトルからもわかるように、目の見えない人に絵を描いてもらっています。「海を描いてください」「お母さんを描いてください」とお題を出し、それを映像に撮っています。目の見えない人に「海のどんな状況ですか?」「どのへんがお母さんですか?」と質問を投げかけていくわけです。映像を見ている人にはそれがすぐに海だとはわからなくても、描いている人にとってはそれが海であり、母親の顔であるわけです。それをどうやったら海や母親と見ることができるのか。考えさせられる非常におもしろい作品です。参加型というよりは、あくまでも障害者が作っている作品について、制作プロセス、あるいは障害者が作品に向かう意識を映像の形で浮かび上がらせているという、非常におもしろい事例になります。

日本の事例もご紹介します。アルツハイマーにかかった母親と自分との生活を作品化した折元立身さんの事例になります。2005年から2011年にかけて、母親の姿勢は変わらず、部屋がどんどん汚くなってく状況が見て取れます。自分と母親の関係を客観的にというか、あけすけに見せていくのが折元さんの作品の特徴です。

老人が老人を介護するのは大変です。しかし、折元さんなりにその大変さを楽しいものにしようとしています。あるいは介護という行為を変えていこうと考えて、ベートーヴェンの曲をかけて指揮をしながら食べさせてみたり、エルビス・プレスリーの曲をかけながら、ロカビリーみたいに踊って介護をしたりしています。それを作品化して、介護とは何か、介護に象徴される生活をより豊かにするためにはどういう方法があるのかということを提案している作品になります。最近では、こういうおばあちゃん達をたくさん集めてみんなで食事をしようというような、ちょっとリクリットの作品を思い浮かばせるようなパフォーマンスもしています。

野村誠さんという人は、ミュージシャンであり、パフォーマーです。彼の作品に、プールで水をたたいて音楽を作っているものがあります。彼はいろいろな福祉の現場に赴いてリサーチを行っています。例えば老人ホームに行って、いろいろな人達に思い出を語ってもらいます。その話もおもしろいのですが、語り方そのものがおもしろい。同じことを何回も繰り返す姿や、手のしぐさなどを映像に撮って、リミックスします。少し誇張してピアノの伴奏をつけていきます。それを、彼はオペラといっています。老人特有といっていいのかわからないのですが、どもりや言いよどみ、繰り返しをネガティブではなく、ポジティブに見るきっかけを作ろうとしています。

野村さんが、先日パフォーマンスを作りました。「問題行動ショー」と呼んでいます。通常、問題行動は社会福祉施設のなかで、支援員にとっては「ちょっとやめてほしい」と思うことかもしれません。その問題行動をステージの上で、むしろその人の個性として見せられるのではないかということを考えたわけです。野村さん自身が香港にある大きな福祉施設に行って、ワークショップにたくさん参加して、そのワークショップで出てきたおもしろい人を集めて、舞台の上で組み替えてパフォーマンスにしました。非常に優れた舞台になりました。

最後に、日雇い労働者という、大阪にある貧困層に相当するような人達が暮らすエリアの事例になります。そこで活動している詩人でありアクティビストの上田假奈代さんがやっている活動です。彼女は釜ヶ崎芸術大学という非公式の大学で、高齢者を中心に短歌や詩を詠んでもらっています。生活にリアリティがあれば、非常におもしろい言葉が出てくるのは当然で、そういう場を作っていくという活動をしている人です。この活動は非常にユニークで、横浜トリエンナーレという大きな場所でも紹介されたことがありました。

アート作品に対する「おもしろい」とは何か?

私達は作品がおもしろい、興味深いときにinterestingという言葉を使います。interestingの語源はinterとesseで、interというのは「間」、esseは「存在する、ある」という言葉になります。つまり、interestingとは存在する人同士、もの同士、その間に生まれるものとなります。当たり前ですが、自分が他者と立ち向かった、その関係性がおもしろいわけです。その関係性がどういう場所に生まれるのか、あるいは生まれなければいけないのか。障害者や高齢者というのは、当然、いろいろな人達が支えなくてはならない存在です。あるいは、社会的弱者といわれる人達を支えることで、支えている人自身もself-esteemを得ることができます。そういう関係性がinter、est というわけです。

私達がアート作品に対して、「おもしろい」と考えてしまうとき、私のように美術史を学んだ人間は、美術史から判断して「ユニークだからおもしろい」と考えていくわけです。しかし、それとは違う基準として、「inter、est」が生まれているからおもしろいと考えるべきではないか。そういうことをもっと積極的にアートと呼ぶべきではないかと考えたりもします。

もう一つ確認しておきたいことがあります。「アール・ブリュット」といわれるものが、近代においては、クレーとか、エルンストとか、そういったアーティストに影響を与えてきました。ポストモダンの時期においては、アーティストだけではなく、非常に著名なキュレーターであるスイスのハラルド・ゼーマンやハンス・ウルリッヒ・オブリストにも影響を与えました。今はそこからさらに根底へと広がって、美術館であったり、オルタナティブスペースであったり、あるいは福祉系のインスティトゥーションであったり、そういったものに影響を与えて、社会が変わってきています。

以上でKeynote Speechを終わります。ご清聴、ありがとうございました。

出典:『国際研究フォーラム「アジアにおける障害者の芸術活動」記録集』(2020年3月31日発行)
平成31年度アール・ブリュット戦略的発信事業(滋賀県補助事業)

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