NO-MA ARCHIVE(ノマ アーカイヴ)

刊行物
2004
「私あるいは私」への私情

はたよしこ(ボーダレス・アートミュージアムNO-MAアートディレクター、絵本作家)

03main01

この文章は、2004年NO-MAオープン記念企画展「私あるいは私[静かなる燃焼系]」カタログから抜粋したものです。肩書きは執筆当時のまま掲載しています。

「ボーダレス・アートギャラリー」という造語に近い一つの方向性を提示するにあたって、様々な人を巻き込んで来た首謀者の一人としては、その経緯を少し述べる責任があるように思う。
私は14年前から主に知的障害者の表現に関わり、活動を続けてきた。始めのうちは、私が惹かれる彼らの表現とは一般のアーティストのそれと何が違うのだろう、というところに興味の焦点があった。しかし、純粋性、力強さ、独創性。よく語られるこれらの形容はどう考えても障害者に特有のものではない。違いを考えれば考えるほど「特別視するほど違わない」ことばかりが分かってしまう。そんな折り、私の中におもしろい体験が起こっていた。
既存の美術教育の恩恵を持たない手ぶらで自前の発想や、時には歪んだ認識と押さえ切れぬ過剰さの“障害”として、「これしか無い」という腹の据え方をしている彼らの表現。それらと正面から対峙しているうちに、私は一般のアーティストの仕事の中に、今まで見い出せなかった作品鑑賞(作品との出合い方)の新しい回路を発見するようになっていたのだ。
つまりその表現者が立つ座標が遠く、固執さの腹が座っていればいるほど、もっと言えば、箍(たが)がはずれている表現ほど、私の内奥の何かがわくわくと波打つのだ。それは異星人を見るような異文化理解などでは決してなく、私がその表現者と同じ「人間」であることに共振する、深い信頼の感動であった。
「人間の表現の快楽は、かくも多様である。」というこの感覚は、生きる勇気のようなものさえも与えてくれた。なんと、これはアートの力ではないか。
「このようにしか生きられない。」「このようにしか世界をつかめない。」「このようにしか世界と向き合えない。」上等である。これほどに信頼できるものがあろうか。
そして気がつくと、私の中でボーダーは淡い春の霞のようにゆらいでいた。続くは夏の到来。私はこのギャラリーの真夏のオープン記念企画展のテーマを「私」に決めた。「障害者」と「アーティスト」。この両者を示す言葉は私たちの社会の中での位置や属するシステムという観点から見れば、確かに異なる。
しかし、そんな区分を飛び越えて「表現者個人」というフィールドでとらえると、通底する何かがありありと見えてくるのだ。そしておもしろいことに、そこにはアートを楽しむ要である人間の多様な快楽の有り様が、ずいぶんまっすぐに見えてきてしまう。
この企画展では自分自身の好奇心や固執した世界に向かう探究心が強引に放出されている作家、作品をなにものにも囚われずセレクトしている。
それぞれの「私」は「このようにしか世界と向き合えない」私個人という人間なのだ。「私」は何に向かって表現を発するのだろう。「私」たちのあふれる創造性は何によって支えられているのだろう。
脳科学の劇的な発展にもかかわらず、創造のプロセスの秘密については、本質的なことはほとんど何も明らかにされていないらしい。しかし、一つ確実にいえることは、創造性には脳の「感情」のメカニズムが深く関与しているということだ。そして感情のシステムの機能にとって、他者との関係は重要な要素であるに違いない。「子供にとっては、誰かに見られていない出来事は起こっていないのと同じである」と読んだことがあるが、自分以外の他者、広い意味での「世界」と自分との関係を認識することは、自己の存在を確認する上で不可欠なことなのだと思う。それゆえ、本人が意識しているかどうかは別として、人間にとって創造の行為とは、どこかでコミュニケーションへの希望を孕んでいるのだともいえる。
世の中の表現作品にはむろん、始めから明らかに、観客との双方向性というコミュニケーションをテーマにしている作品もある。また一方、超極私的世界に一人埋没することを選び、誰からの共感も拒否しているように見える作品もある。もっと言えば、自閉症という障害者の表現は、超極私的世界にしか生きられない者の必然の行為でもあるのだ。けれどもこの世界に存在する一個の「私」は、いかなるものより重いと同時に、いかなるものより不安定で不確かな存在でもある。それは障害の有無とは無関係にそうである。つまり外側を意識している表現も、内側にしか向いていないと見える表現も実は同じベクトルをもっている。その孤独なあえぎも、めくるめく陶酔も、自己と世界を切り結ぶためのコミュニケーションへの希求に向かっているのではないか。「私の表現」は、そこに自らを投影してくれる「誰か」との出会いをいつも延々と待っている。そう思えてならない。アートの力がそのように動き、観客それぞれの内燃系が鼓動を始める。そんな波動を期待して企画した。

出典:『私あるいは私 静かなる燃焼系』(2004年発行)

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