作品調査
S.TS.T
1998年生まれ 滋賀県在住
※以下の文章は、「滋賀県アール・ブリュット全国作品調査研究」令和2年度報告書から抜粋したものです。
S.Tが生み出す絵は、豪快に飛び散った絵の具が生み出す鮮やかなカラーリングが特徴的である。絵の具が多量に塗り込められた箇所は、その分、表面が盛り上がっており、でこぼことした三次元的な質感を感じさせる。
S.Tの制作は、彼が通う施設において、週に2回ほど設けられている創作活動の時間のなかで行われる。まるで絵の具を撒き散らすように描かれた彼の絵であるが、実際には絵の具を散らしているのではなく、絵の具のついたビー玉や小石を転がすことで制作されている。
彼はまず、パレットに絵の具を多量に出して、いわば絵の具の「溜まり」を作る。そして、この溜まりにビー玉ないしは小石を浸し、こってりと絵の具をまとわせる(図1)。なお、自身は手が汚れるのが嫌であるらしく、制作中はずっとビニル手袋を身につけている。
上記の作業には一定の時間がかかる。傍目には、それ以上はビー玉・小石(調査訪問時にはビー玉を使用していた)に絵の具がつかないのではないかと思えてくるが、彼なりに満足の基準があるように見え、とことん絵の具をまとわせ続ける。そうして、絵の具まみれになったビー玉・小石を、平たい箱の中に敷かれた画用紙の上に落とす(なお、この箱には上蓋がなされておらず、開け放たれている)(図2)。すると、まとわりついた絵の具が画用紙に付着する。そこから彼は、箱を両手でもち、斜めに傾ける。そうすることで、ビー玉・小石は箱の中を転がり、画用紙に痕跡を残していく(図3)。彼は箱を様々な方向に傾けることを繰り返す。その都度、ビー玉・小石は絵の具の痕跡を残しながら、箱の中を縦横無尽に転がり回っていく。まとわりついた絵の具が少なくなってきたら、箱の中からビー玉・小石を拾い上げ、再び絵の具の溜まりに浸す。そして、また箱の中で転がしていくのである。
自らが筆やペンを持たず、筆致を、ビー玉・小石の回転に委ねることから、ランダムな動きが生まれ、絵に奔放な印象を与えている。
この制作方法は、彼の通う福祉施設の支援者が、S.Tの性格に合うのではないかと思い、提案した創作方法であるという。元は、その支援者の子どもが、保育園で習ったビー玉を紙の上で転がして描く方法が着想源になっているということだが、S.Tのように際限なくビー玉の往復を繰り返すことはないという。彼はこの方法をルーティンとして体得しており、アクションペインティングを彷彿とさせる絵画的表現へと昇華させている。
なお、支援者はビー玉・小石も作品の一部と捉えており、公募展に出品する際は、絵とビー玉・小石をセットにしている。こうした支援者の視座からは、S.Tの表現を、出来上がった絵だけではなく、そこにいたる彼の行為を含めて捉えようとしていることが伝わる。
なお、S.Tがこの制作をはじめてから調査時点でまだ5か月しか経っていない。もっと年月を重ねることで、この制作行為がさらに研ぎ澄まされていくように思われた。(山田創/ボーダレス・アートミュージアムNO-MA学芸員【当時】)