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水沼久直さん

作品調査

水沼 久直MIZUNUMA Hisanao

1972年生まれ 岩手県在住

水沼作品01
《完全なふっかつのつなみ》

2013年 320×400 紙、サインペン

水沼作品02
《2011.3.11》

2013年 520×450 紙、サインペン

水沼作品03
《どんぐりと山猫》

2015年 460×540 紙、サインペン

※以下の文章は、「滋賀県アール・ブリュット全国作品調査研究」令和2年度報告書から抜粋したものです。

 幼少の頃からクレヨンなどで、人の顔やアニメのキャラクターの絵を描いていた。高校時代に油絵と出会い、その後、アクリル絵具やクレパスを使った制作も行うなど、さまざまな画材に触れたことで、表現の幅がさらに広がっていった。2012年からはサインペンによるドローイングを始め、約10年経った今もこの制作を続けている。
 描かれる絵の構造に特徴が見られる。画面では細かな枠のような構成要素が組み合わさることで、一つの風景が成立している。対象となる風景の地面部分は、主に数ミリ単位のグリッド状の枠で構成され、建物の外壁部分はそれよりも大きめの枠で構成される。家屋の屋根については細かな三角を連ねた構成が見られ、また、人物や空に浮かぶ雲などには有機的な枠が用いられるなど、状況に合わせて対象の描き方を変えているのがわかる。また、隣り合う枠をそれぞれ別の色で塗り分けることで、色彩の働きが強い画面を生み出している。画面には多くの色が使われるが、全体的な色調は統制されており、色彩設計の水準の高さがうかがえる。以上の構造によって生み出される水沼の絵は、どこかピクセルアートやアニメーションの世界を彷彿とさせる。アニメはかねてから好んで描く題材であることから、少なからず影響を受けているのかもしれない。
 絵の主題については、山や海といったダイナミックな自然の姿、家族や自宅の部屋、童話など多岐にわたる。それらは時にカラフルな色合いで喜びや希望に満ち溢れた光景として描かれ、またある時はあたかも世界の終わりを予感させるような不安感漂う光景として描かれる。制作時の心情や社会との関わりの中で抱える感覚が、物語性のある心象風景として表出している。
 水沼は雲仙普賢岳が噴火した1990年以降、テレビや雑誌で時折紹介される自然災害の特集を見るたび、強い恐怖心や不安感に駆られるようになっていったという。そして2011年、東日本大震災を経験したことで、その感情は表面化した。雲仙普賢岳や有珠山の噴火や阪神・淡路大震災など、大災害の光景を描くようになり、2年後には、東日本大震災の津波の光景を繰り返し描くようになっていった。2013年に描かれた≪2011.3.11≫では、画面全体が暗雲と津波に覆われ、きらびやかな町を今にも飲み込もうとしている。水沼自身、描くことを通じて、底知れぬ不安から抜け出そうと、出口を探しているようでもある。多くの災害の場面を表した末、水沼は震災からの再生を表現した1点の絵≪完全なふっかつのつなみ≫を描いた。色とりどりのカモメが空を飛び、海が光を浴びて輝いている。また、画面の中心には、力強い表情で海を眺める水沼本人が描かれている。(横井悠/ボーダレス・アートミュージアムNO-MA学芸員【執筆当時】)

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