NO-MA ARCHIVE(ノマ アーカイヴ)

作品調査

西村 昌彦NISHIMURA Masahiko

1967年生まれ 山口県在住

図1

図2 無題

2017年 380×270 水彩絵具

図3 無題

2015年 380×270 水彩絵具、鉛筆

図4 無題

2019年 380×270 アクリル絵具

図5

図6 「Paint it Blues ~モンマルトルから の使者~」展 展示風景

2019年 ©NPO法人キセキ monouniver

図7 無題

2020年 440×380 鉛筆

図8 無題

2023年 380×270 アクリル絵具

図9

※以下の文章は、「滋賀県アール・ブリュット全国作品調査研究」令和5年度報告書から抜粋したものです。

 実験的であることは、芸術の重要な姿勢の一つだ。西村昌彦さんは、素材materialと、手と目と感覚で対話をしながら、実験する。その時は、まさに忘我の状態なので、どのようなものが出来上がってゆくかは本人にも分からないという。心理学でゾーンやフローといわれて、多くの人が憧れる状態だ。悦に近いものだろうと思う。作っている時は、無我の状態なので楽しいとかいうことではないけど、できたものを見るといろいろなものが見えて楽しい、と西村さんは語る。例えば、リズミカルな曲線からなる作品に馬の顔が浮かび上がっていると軽やかに示してくれた(図1)。
 2009年、交通事故に遭った。その後西村さんは、職場などで騒音や悪臭などの現状を改めてもらおうとしたが聞き入れてもらえなかった。こんなにひどい状態に対する苦情がなぜ受け入れられないのか分からなかった。周りの人たちは、西村さんがなぜ苦情を言うか分からなかった。事故による高次脳機能障害の診断を受けて、西村さんもはじめて納得がいった。障害により、視覚、聴覚、嗅覚などの感覚が非常に鋭敏になっていたのだ。現在着装している色の濃いサングラス、大型ヘッドホンのようなノイズ・キャンセラー、換気デヴァイスのついたマスクは、鋭敏な感覚と世界とを架橋する。多くの人が、眼鏡やコンタクトレンズ、補聴器、入れ歯、杖を体の一部のように使う。西村さんの装備も同様の役割をはたす。眼鏡のデザインによって個性を表現する人がいるように、西村さんの装備は、ご自身が身につけているデザイン性の高い指輪やさおり織マフラー同様、個性を表現してもいるようだ。今は、そこここにあるありふれた植物がとてもヴィヴィッドに見えるそうだ。知的センス、鋭敏になった感覚、無我の探究、まったりとした物腰が、魅力的で個性的な作品の源泉だ。
 現在週一回通って制作に励んでいる「ものゆにばmonouniver」は、2012年創立の特定非営利活動法人キセキ「みなくるはうす光」(就労継続支援B型事業所等)のものづくり部署として2018年に開設された。静かな住宅地のなのの、ちょっとおしゃれな小さな店のならぶBest.(ビーストリート)という通りにある。西村さんは、「ものゆにば」が開設される前の1,2年の間は、キセキ本部に通った。初期の作品は、死と再生を想起させるような具象を含む(図2)。逆に、野菜の写生がなんだか抽象的だ(図3)。事故に遭うまで、西村さんは建築家として活躍していた。ドイツの著名な建築家マインハルト・フォン・ゲルカンに師事し、丹下健三・都市・建築設計研究所(現(株)丹下都市建築設計)での建築設計にも参与した。事故の2年後、2011年の東日本大震災のときに、当時住んでいた東京のマンションが被災した。事故のトラウマもあり、原発事故の怖さが身に沁み、作品を通して反原発を訴える(図4)。キセキ本部に通い始めた当初は落ち込んでいたので、絵を描くことも苦痛だったが、やっているうちに面白くなった。とくに、西村さんの作品を気に入ってくれる人が増えてきて、制作の楽しさも増した。「ものゆにば」の看板の制作も頼まれた(図5)。「ものゆにば」開設と同時にそのアトリエスペースで、様々な形態の青い作品を制作するようになった。それらはとても魅力的で、美術家の中野良寿さんに、イヴ・クラインを想起させ、「遥かかなたの神秘的な虚空を目指すかのようである」と言わせている(2022『無心の森―アール・ブリュット-展』冊子p10ー11)(図6)。西村さん自身は「当時、青い絵の具がようけあって、もったいないけ、使っちゃろ思うて、空き缶とかいろんなものに塗って・・・」とまったりと語る。
 三次元の工作が好きなのだが、制作中の音を気にする人がいることと、バッグなどの製品への展開を考えて、平面の作品を作るようになった。その作風はとても多様であるが、いずれも細部への内展involuteが見る人を引き込む(図7、8)。今は、「ものゆにば」ではTシャツや布バッグのためのステンシル(図9)、家ではアルミ箔、クエン酸、クレヨンなどを使ったリトグラフの探究に余念がない。(青木惠理子/龍谷大学名誉教授)

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