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森さんの顔写真

作品調査

森 菜摘MORI Natsumi

1993年生まれ 愛知県在住

森菜摘さん作品
(左)ぬいぐるみを入れる自作の袋 (右)《ともだち》

2015~2020年ごろ w250×h400×d120 布、綿、プラスティック

作品の写真
ぬいぐるみ

スケッチブックの絵
スケッチブック

2020年ごろ 360×140

※以下の文章は、「滋賀県アール・ブリュット全国作品調査研究」令和6年度報告書から抜粋したものです。

 森菜摘は柔らかい布によるファンシーなぬいぐるみを制作する。森のぬいぐるみの多くは耳の付いた動物で、手や首といった関節、耳などの部位は輪ゴムで簡易的に括られている。口や鼻、ひげは布やフェルト、あるいはボタンで付けられ、目は既成のパーツが付けられることが多く、実際に動物の姿かたちに似せるというよりも擬人化させているように見える。ぬいぐるみの素材には毛布やパイル地、タオル地といった手触りのやわらかい布を使用している。森は100円ショップなどで自ら選んだ素材を買い、家で長時間かけてぬいぐるみを制作するという。縫うことが必要な作業は家族の手を借りることもある。ただ、森のぬいぐるみは簡易的であり、一見制作に時間がかかるものには見えない。それは彼女の制作が、作品として作り上げるだけではなく、布と戯れ、ぬいぐるみを触り愛でることを含んでいるからである。
 森のぬいぐるみには、中身の綿が少なく、一見ぬいぐるみではなく布の塊に見えるものがあり、それらは触って動かしてゆくとぬいぐるみであることが判る。これは森にとってぬいぐるみが鑑賞するものではなく愛玩物としての機能を持っていることを示している。また輪ゴムで括る等の制作における簡易性は、ぬいぐるみを他者が扱うことを想定していない自分だけの道具であることを強調するものである。森はぬいぐるみで「ごっこ遊び」をすることや、ぬいぐるみを「ともだち」と呼ぶことがあるという。
森は別途制作した専用の布の袋にぬいぐるみを入れ、平日の日中に通うデイサービスに携行する。森のぬいぐるみはデイサービスの職員らとのコミュニケーションのきっかけとなり、森自身が円滑に社会生活を過ごすためのツールになっている。森は療育の一環として子どもの頃からものを作ることに親しむなかで「てるてる坊主」作りから展開し、ぬいぐるみの制作に至るようになったという。
 調査時に見せてもらったスケッチブックにはぬいぐるみと同様に、擬人化傾向のある動物が描かれていた。家族の話によると、彼女のぬいぐるみと動物への親しみは、彼女に場面緘黙症の傾向があることが影響しているのではないか、ということである。森のぬいぐるみは家族以外の他者とのコミュニケ―ションや新しい場所が苦手という場面緘黙症のある種の代替行動とも見ることができる。他者とのコミュニケーションが苦手故に、人間ではなく動物をモチーフとし、他者と共存する場所が苦手だから制作したぬいぐるみを自身の安心のために携行する。彼女にとってぬいぐるみは自分と世界を繋ぐハブのような存在となっている。
 森のぬいぐるみで興味深いのは、彼女のぬいぐるみ制作が現在に至るまで簡易的であり、技巧的になることや精緻化しないことである。森にとって重要なのはリアリティが欠けていることであるかもしれない。このことはトム・ハンクス主演の映画『キャスト・アウェイ』で、遭難した主人公が孤独から逃れるために顔に見える汚れがついたバレーボールに「ウィルソン」と名前を付けて話し相手にしたことを思い出させる。「ウィルソン」には簡易的に髪の毛を模した草が付けられるが、人間の顔としてのリアリティはない。リアリティの欠如が、それを埋める代理として、想像で補完することを可能にする。森のぬいぐるみの簡易性は森が自身の想像世界で補完する余地であり、彼女の中で完成するイマジナリーな装置であると考察することができる。(今泉岳大/岡崎市美術博物館学芸員)

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