
作品調査
齋藤 泉SAITO Izumi
1955年生まれ 宮崎県在住
※以下の文章は、滋賀県アール・ブリュット全国作品調査研究令和7年度報告書から抜粋したものです。
2003年に描かれた≪横むく猫≫では、不思議な色をした1匹の猫が、背中をこちらに向けて、佇んでいる。黄色い目は光り、口角を上げて、にやりと笑っている。背後の暗闇には、ほの白い不思議な気配があり、陰鬱とした雰囲気が漂う。
齋藤の絵には、たびたび猫が登場する。それも、単体の猫である。子どもの頃から猫を多頭飼いしていたこともあり、猫は齋藤にとって非常に身近な存在である。「自由に生きたい」という齋藤の思いと、猫の生き方には通じるものが多い。斎藤は猫に自身を投影しながら絵を描いている。ゆえに単体の猫なのだろう。齋藤は20歳のころに、画家で美術教諭の大上敏男(1930-2022年)と福祉施設で出会い、本格的に絵を描きたいと油絵に取り組み始めた。大上は齋藤の絵に「そのままでいい」と言い、作風を変えさせることはなかった。40代後半に、乾きの早いアクリル画へと変更。大きな作品では画布を床に敷き、そのうえに齋藤が座って部分ごとに描き進めていく方法をとる。若いころは、1日10時間描き続けたこともあった。それほど、齋藤は制作に夢中だった。
《古墳》や《ちり焼き場》は、自宅や福祉センターから電動車いすで足を運べる距離にある、身近な風景である。絵を描くまえに複数回にわたって足を運び、鉛筆でスケッチをしてから、それをもとに制作に入る。よく見ると、古墳のうえには猫が乗っており、カーブミラーには、自転車が映りこんでいる。画面の隅々まで、齋藤の遊び心が満ちている。《横むく猫》や《寝そべってる猫》は、身近にいた猫の記憶と、自の頭のなかの想像を掛け合わせている。「頭のなかに緑色の猫がいる。そのほうが、やっぱり面白いから」と齋藤は言う。アートステーションどんこやには週2日のペースで通い、残りの日は自宅に事業所からヘルパーが訪問する形で日々を過ごす。
アートステーションどんこやは、現在は障害者総合支援法による生活介護事業と生活訓練事業による多機能型事業所であるが、設立当時(1994年)は「宮崎障害者芸術村 どんこや」という名で、障害当事者によって設立された。齋藤はその発起人の一人である。身体障害があり「作品を販売する場所がない」という同じ悩みを抱えた人が集まり、拠点をつくったことに始まる。障害者支援が不十分であった当時の制度的な背景もあり、あるときは草の根作戦で、あるときは地方テレビ局に出演して、法人化するための資金を集めた。
齋藤の「やりたいことには挑戦する」を貫く姿勢は、1995年にメンバーとともにアメリカへ視察に行ったことに象徴される。ほかにも車の運転免許の取得、アマチュア無線技士の資格取得、フランスの公募展への出品と訪仏、一人暮らしなど、果敢に挑戦し実現してきた。
齋藤作品の特徴は、夢幻的な色使いと、ひと筆ごとに置いていく丹念さ、ゆがむ荒々しい力強さにある。
(青井美保/高鍋町美術館(宮崎県)学芸員)



