
作品調査
南 秀夫MINAMI Hideo
1959年生まれ 京都府在住
※以下の文章は、滋賀県アール・ブリュット全国作品調査研究令和7年度報告書から抜粋したものです。
小さなスケッチブックを開くと、無数の色が詰まっている。緻密に塗り分けられた画面を見ているとその中に吸い込まれそうな感覚になる。
作者である南秀夫は、2015年頃から京都府は舞鶴市に位置する、みずなぎ鹿原学園に通所しながら制作を続けている。自宅での制作は行わないと決め、週に二回の通所の際に、一日あたり3時間ほどの制作時間を積み上げてこれらの絵を描いている。施設に来る前までは絵を描いていたわけではなかったが、ある日、テレビに映った箱根にある彫刻の森美術館のステンドグラスに感化され、絵を描くようになった。それ以来、誰も描いたことがない絵を描きたい、という強い気持ちで制作を続けてきた。
初期の作品は、色鉛筆を用いて定規で線を繰り返し描くことで描かれている。スケッチブックの各ページに描かれた作品それぞれにはタイトルはないが、以前展覧会に出品した際には個別にタイトルがつけられたものもあり、それらには「太陽のはじまり」や「夕日のはじまり」など、詩的なタイトルがつけられている。これらの作品はプリズムのスペクトルの可視化を試みた一連の作品である。南は以前にガラスを製造する会社での勤務歴があり、高温によって溶解したガラスが色を変えていく様子を間近で見ていたという。その経験は、光学の知見や興味関心として、現在の作品制作の下地になっていると思われる。
近年の作品では、初期の線的な作品から、格子状に色面を細かく塗り分けていくスタイルへと変化している。まず初めに定規を用いて、ミリ単位で精密に格子を描き、その後色鉛筆を用いて右上の行から順に緻密に塗り分けていくという過程を経て作品は作られる。着彩の配色は、隣接する面には同じ色を置かないという南自身が定めたルールに則って制作されている。格子の中に配された円形の線と塗りのそれぞれにも、その配色のルールに沿って着彩が行われている。また、絵の中には格子を対角線によって分割した三角形が頻出するが、これは「Z旗(ぜっとき)」と呼ばれる国際信号旗(注1)がモチーフになっていると南は言う。
このように、制作に一定のルールを設けて描写していく過程で、それらは緩やかに画面の中で変化する。それこそが南の作品の魅力ではないだろうか。規則的であった格子の幅は僅かな歪みを全体に伝えながら、それに応じて配置された色とりどりの幾何学模様が波打つような画面を構成する時もあれば、格子の幅がグラデーションのように徐々に短く(あるいは長く)なる部分もある。それらは平面的であった色面を、奥行きを持つ空間へと変える。平面である絵を見ていたはずが、気付かぬうちに絵の中へと引き込まれ、まばゆいばかりの光に包まれている。それは何かに反射して知覚される色ではなく、光そのものでもあるかのようだ。南の作品を見ると、そんな感覚に陥ってしまうのは私だけだろうか。
(寺岡海)
(注1)
国際信号旗とは、船舶同士の間で意思疎通のために使用される世界共通の信号旗だが、こと日本においては「Z旗」がアルファベットの最後の文字であることに由来して、後がない、負けられないという意味に転じ、戦時中に日本海軍において使用された歴史もあり、海上自衛隊の基地がある舞鶴で南が育ったことと無縁ではないだろう。



