NO-MA ARCHIVE(ノマ アーカイヴ)

講演
2017.10
国際研究フォーラム「芸術とケアと市民権」創造性・症状・芸術制作でのプレゼンテーションより

田端一恵

(社会福祉法人グロー、国立美術館運営委員)
15main01

この文章は、社会福祉法人グロー(NO-MAの運営団体)企画事業部副部長(当時)が「障害者の文化芸術国際交流事業2017 ジャパン×ナントプロジェクト」内で実施された国際研究フォーラム「芸術とケアと市民権」(2017年10月24日/ナント国際会議センターシテ・デ・コングレSalle300)でプレゼンテーションした内容をまとめたものです。肩書は発表当時のまま掲載しています。

私は以前、岩手県にある福祉施設で知的障害のある人の支援者をしていました。その施設で、「KOMOREBI」展に「にっき」という作品を出品している戸來貴規さんと出会いました。彼が暮らしていた施設で私はケアする人、彼はケアをされる人という立場での出会いでした。しかし、戸來さんが生活の中で繰り返す行為の中から生み出されるこの創作物を見たときに、その圧倒的な存在感と、蓄積された時間に心が震え、制作過程を知れば知るほど、いろんな人たちと共有したいという思いが強くなりました。また、世に出ることが戸來さんの社会参加につながるかもしれないとも思いました。

「にっき」を世に出すには、戸來さん自身の了解を取る必要がありました。公開するために描かれたものではないからです。まずは、日記を見せてもらうという取り組みから始めて、およそ1年をかけて展覧会へ出品するに至りました。

彼は自閉スペクトラム症で、急な変更や変化を苦手とし、いつも同じであることが安心につながります。私は、いつも同じ繰り返しを求めることが、「にっき」の制作を20年以上続けることに貢献していると思います。日常生活において“こだわり”はマイナスに捉えられることが多いのですが、作品制作においては強みとなって表れることは明白です。また、彼独自のルールで彼自身の世界を守っているという側面があると思います。

例えば、「にっき」は一番新しい1枚を上に綴じていくのですが、紐も上から下へ通します。1枚完成すると紐を全部外して綴じ直す作業を彼は淡々と美しい所作で行います。それを見ていると、効率化ばかり求める必要があるのだろうかと考えさせられます。

「にっき」の発表後、たくさんの取材を受けるようになりました。取材も慣れるまでには時間を要しましたが、私も一緒に体験しました。私はこれらのやり取りを通して彼をより深く知り、距離が近づいたと感じています。彼も同じように思っていてくれたらいいなと思います。

距離が近くなったと感じた理由の一つに、彼から私や他の支援者への自発的なコミュニケーションが増えたことがあります。具体的には、散髪から帰ると「かみきった」と私たちに言うので、「かっこよくなったね」と答えると彼はニヤっと笑うんです。このようなやりとりは、以前にはありませんでした。また、パニックになったときに、叩く・蹴るといったことが減少しました。おそらく、以前よりも我々が彼のことを理解し、障害がある人ではなく戸來さんという一人の人間として接するようになったからだと思います。障害のある人は、障害がその人の全てと捉えられがちではないでしょうか。でも、本来、人は多面的です。ケアする人とされる人、鑑賞する人と制作する人などその関係性も多様です。「にっき」は私にそのことを概念的ではなく、実感を持って伝えてくれました。出会い直す機会をくれたと思っています。創作を通じた他者との関わりが結果として癒しとなることがあると、私は「にっき」を発表する取り組みを通して感じました。

最後に、「にっき」は私と戸來さんのご両親の関係性も変えてくれました。彼についてより深いお話しをしたり、作品の出品依頼の対応をしたり、施設からの連絡事項が中心だったやりとりの幅が広がりました。海外へ出品した際には母、幸子さんとご一緒し立場を超えて一人の人間同士色々なお話しをしました。このように、作品を作る本人だけでなく、周囲の人々との関係性にも変化をもたらし、それが結果として本人の癒しにもつながるということはあると思います。

今回、戸來さん本人は療養中でナントへ来られませんでしたが、ご両親がこの会場で発表を聞いてくれています。このことは、私にとって自分自身の両親に聞いてもらうよりとても嬉しいことです。

出典:『ジャパン×ナントプロジェクトの全貌 障害者の文化芸術国際交流事業 2017ジャパン×ナントプロジェクト報告書』(2018年3月30日発行)
文化庁委託事業「平成29年度戦略的芸術文化創造推進事業」

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