NO-MA ARCHIVE(ノマ アーカイヴ)

作品調査

藤原 薫FUJIWARA Kaoru

1972年生まれ 埼玉県在住

無題

2010年 ノート、鉛筆

無題

2010年ごろ ノート、鉛筆(アール・ブリュット全国公募展出展作品)photo by 大西暢夫

無題

2015年 画用紙、鉛筆(作品3)

※以下の文章は、「滋賀県アール・ブリュット全国作品調査研究」令和2年度報告書から抜粋したものです。

 藤原薫は長年にわたり、ノートを鉛筆で黒く塗る、という行為を行ってきた。ノートは表紙と裏表紙の両面含めて全てのページが鉛筆で丁寧に塗られており、今回の調査時に彼女のノートを手に取って実見する際、手が汚れるという気遣いで手袋を用意してくれた程隙間なく描かれている。ノートには一定のストロークで反復された線が集積して面となり、別のストロークの面と繋がることでノートの全面が鉛筆の線で覆われている。ページを見比べてみると、ページごとに線の方向や面の構成などある程度似た傾向があるものの、全て同じではなくそれぞれ異なっている。
 藤原はさいたま市生まれ、K市で育った。高校在学中、精神面で不安定になり通学が困難になったことから退学し、現在まで両親と自宅で暮らしている。彼女がノートを塗りつぶす行為をはじめたのは、自宅で過ごすようになってしばらくしてからであるという。近所のスーパーマーケットでノートと鉛筆と鉛筆削りを購入し、この制作を密かにはじめた。彼女がこの制作に至った動機は、本人と家族に聞いてもはっきりしたことはわからない。ノートと鉛筆を購入した理由は、彼女は日常的に日記や手紙を書くことを好み、その習慣があったこと。また日中は手持無沙汰になっている彼女に対して母親が勉強することを促したことがある、からではないかという。彼女はおよそ一週間に一冊くらいのペースでノートを完成させた。補充するノートと鉛筆は必ず同じスーパーマーケットで同じ商品を購入するというこだわりがあったが、3年ほど前にこのスーパーマーケットが閉店し同じ材料を購入できなくなってしまった。
 彼女はその後(作品3)のようなパターンの作品を繰り返し描いている。これは一見、曲線を多用した抽象的なドローイングに見えるが、彼女によるとこれは彼女が幼少のころに親しんだギリシャ神話に登場するヘラクレスやケンタウロスの神の顔を反復して描いているのだという。この神様の顔は彼女によると、自分が家に居てもいいという許可を与えてくれる象徴であるという。彼女は近年、自身の環境が拡がり、自分でできることが増えているという。
 これは彼女と家族にとってとても大きなよい変化であった。こうした変化が絵にも表れているのかもしれない。確かに彼女のポジティブな変化によって、ノートを塗りつぶす制作から神様のドローイングに変化したと考えることはできる。彼女にとって「ノートを塗りつぶす行為」はネガティブな表出であり、「神様の顔のドローイング」は彼女が自立へ踏み出したポジティブな表出である、と。これを彼女の「自分が家に居てもいいという許可」という言葉から考察すると、「神様の顔のドローイング」を描く前の彼女は、「自分が家に居てもいいという許可」が与えられてない状態であり、彼女が「いつか家を出なくてはいけない不安」、「両親の保護下から出ることになる不安」を抱えていた、ということを意味するだろう。そう考えると、塗りつぶされたノートの筆致の中に彼女の言葉にならない不安や焦燥感を読み取ることもできる。とすると、彼女の制作には彼女の「居場所」に対する想いが関係していると考えることができる。それは「家」がそのまま「社会」に置き換わる彼女の切実なアイデンティティの問題として、彼女の作品に表れているのかもしれない。
 彼女のノートは、2015年に開催された「アール・ブリュット全国公募」に家族が応募し、その年の「アール・ブリュット☆アート☆日本2」(旧吉田邸)で展示された。大量に制作されたノートの多くは自宅の引っ越しを機に廃棄されたが、現在では50冊余りが保管されている。(今泉岳大/岡崎市美術博物館学芸員)

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