
作品調査
福井 誠FUKUI Makoto
1982年生まれ 長崎県在住
※以下の文章は、「滋賀県アール・ブリュット全国作品調査研究」令和6年度報告書から抜粋したものです。
福井誠さんは、自らの作品をいくつかのカテゴリーに分類する。目があちこちに現れている細密に描かれた作品群は「アール・ブリュット」。これまで依頼を受けて何十回か展覧会に出品してきた(図1)。衣服や靴にも描くが、それらの絵柄も「アール・ブリュット」の延長線上にある。描かれている目の持ち主たちは、それぞれ名前をもつ宇宙人キャラクターとして構想されてもいる(図2)。これらのキャラクターの一員である「むうくん」は、細密画の身体をもつ姿(図3)で描かれたり、絵本の主人公としても登場したりする(図4)。「むうくん」は、福井さん自身であり、「無人」という別名ももつ。「むう」とは「無」である。平面を分割して色をマットに塗り込んだ作品は「現代アート」(図5)。現在取り組んでいるような小さなイラストは、「ドローイング」(図6)。ドローイングは、不要なものを捨てていったら何が残るのかを探究しながら描いている。
長崎県福島に生まれ育つ。高校までは、サッカーとゲーム以外興味がなかった。絵を描くようになるとは思ってもみなかった。高校卒業後、古着の魅力に惹かれて、福岡、さらに、東京に移り住んだ。古着、なかでも、ヴィンテージものは色が深い。古着屋でバイトをしていた時に、自分でも何か作りたいと思い、古着に絵を描き始めた。夜勤のバイトもするようになり、睡眠不足と過労で身心に不調をきたし、28歳で福島に戻る。精神病院に入院していた2011、2012年頃に一番沢山の絵を描いたが、自分では覚えていないものも多い。日記もつけ、ボブ・ディランの音楽を題材にしたエッジの立った文章も書いていた。「むうくん」絵本も5作くらい描いたが覚えていないそうだ。
写真が好きだ。写真を撮りながら放浪していたこともある。5,000円で買った中古の蛇腹カメラは今でも持っている。ピントも露出も自分で合わせるので、面白い写真ができる。音楽が大好きで、毎朝3、4時に起きて、仕事に行く前に音楽を堪能している。映画も好きだ。絵のキャラクターの多くは、芸術的なSFアニメ『ファンタスティック・プラネット』(注)から着想を得ている。小津安二郎の映画をこよなく愛し、描き始めた最初のころは、小津誠とサインしていた。「むうくん」絵本では、夢のなかで画家になった「むうくん」が「これではだめだ」と満足できずにいると、友だちのおづちゃんが「べつにいいんじゃない」と言う。絵本は次のように終わっている。
「むうくんはめざめました。おともだちのおづちゃんが『ひととつながることがたいせつなんだよ』といいました。
さわやかなあさでした」
「むう」=「無」、「不要な物を捨てる」、古着、ボブ・ディラン、手動調整の蛇腹カメラ、『ファンタスティック・プラネット』、小津安二郎……。そこには、在不在と時間をめぐる優しい美意識がたゆたっているように思える。福井さんの作品はそういったものが実を結んだカタチではないだろうか。「今は掃除の仕事をしているので、絵を描くのは土曜日だけ。絵は趣味。趣味を超えているかな。今は、仕事もあるし、絵描きになりたい、賞を取りたい、絵を売りたいという気はない」と語る福井さんの温かい佇まいが、私のなかで、ヴィム・ヴェンダース監督『パーフェクト・デイズ』の主人公に重なった。ヴェンダース監督が小津安二郎作品をこよなく敬愛していることを私が知るのは、その後かなり時を経てからであった。(青木惠理子/龍谷大学名誉教授)
(注) ファンタスティック・プラネット公式サイト