
作品調査
原田 正則HARADA Masanori
1974年生まれ 岐阜県在住
※以下の文章は、「滋賀県アール・ブリュット全国作品調査研究」令和6年度報告書から抜粋したものです。
観光地である高山市の中心に近い場所に、原田正則さんの自宅はある。趣のある自宅の2階で、黙々と絵に没頭する正則さんの姿があった。ご両親も温厚な人で、家族の優しい時間が漂ってくる。
「自閉症ですから、それなりに大変な幼少期がありましたが、こうして正則が、絵を描いている安定した光景に、幸せな時間を感じますね。正則のおかげで、たくさんの人に出会わせてもらいましたから」と、父の正昭さんがつぶやき、母の有子さんが頷く。
平日はB型作業所に通い、土日は絵に没頭する。合間に大好きなテレビを見ながら、時々、両親と一緒に綺麗な風景を見に出かけたり、画材を購入したりという一週間だ。
正則さんの絵はすべてが明るい。色彩のメリハリもそうだが、内容も顔が綻びそうな作品ばかりだ。花畑、農村風景、山や川。鮮やかな色のなかで、なぜか大きな観光バスが、風景を遮る大きさで描かれている。真横から描かれ、常に左に向いている。観光バスの車内の様子も事細かく描かれていて、バスガイドさんが、満席のお客さんに対し、観光案内をしているようだ。
日本らしい幸せの観光地の風景で、どの絵にも安心感があった。そのバスは日本各地からやってきたもので、地元の岐阜バス、名鉄バス、国際興業バス、松本電鉄、阪急バスなど、バスの側面に描かれているバス会社のロゴは、とてもリアルに描かれていた。
「正則は記憶力もとてもいいようで、私たちが見ているものの記憶とは違った感覚を画用紙に書き留めているようなんです」
乗り物の図鑑も大好きで、机の下に何冊も積み上げられていた。お姉さんが時々買ってきてくれるという。
男性の作家はバス好きが非常に多いが、特に正則さんの生活環境は、全国の観光バスが『生バス』で見ることができる特異な地域であるということ。そして家の近くの道には、観光客が、ご機嫌で歩いているということ。そんな一つ一つの生活環境が、幸せな作品となって、毎日、記録されているのだと思えてならない。
そして作品以外に昔から描かれている絵日記が非常に面白い。欠かさず描いている絵日記は、三度の食事と同じくらい、重要な仕事になっている。
「こればかりはだいぶん処分しましたよ。すごい量になりますからね」と、冊数を示す連番が130冊を示していた。絵日記の文章は、最初の二行までは今日の出来事が書かれ、それから先は、町にひしめく看板の文字が連なる。絵は必ず自分が缶コーヒーを飲んでいる絵から始まる。
正則さんの描いている絵や日記は、作品というより自分の記録。それをきちんとナンバリングをする有子さん。いつの出来事なのかすぐにわかるような完璧といえる整理術だ。
「私たちが年齢とともに、正則に付き添っていけなくなった時のことが心配になります。家族にとっても、絵を中心にして一番幸せな時なんです。正則もいつも笑顔で絵を描いています。何事も平和で将来も続いていければいいなって思っています」
障害のある作家にとって、暮らしの環境は作品を左右するし、サポートする家族や支援する人たちによっても左右される。そういったことを踏まえると、正則さんの作品は家族が生み出してきた環境が制作意欲を生み出し、暮らしが優しさを生み出したように思える。障害のある作家の暮らしが、今だけのサポートでなく、環境が変わっても続けていられるものでありたいと痛感した。(大西暢夫/カメラマン)