作品調査
長谷川 敏郎HASEGAWA Toshiro
1987年生まれ 富山県在住
※以下の文章は、「滋賀県アール・ブリュット全国作品調査研究」令和3年度報告書から抜粋したものです。
長谷川は事業所の見守りの中で、朝8時から帰宅時間までアイロンビーズによる表現に取り組んでいる作家だ。大きな声などの雑音が苦手で作業部屋横の小部屋が彼専用の作業場となっている。
アイロンビーズはプラスティックのカラービーズを型紙に合わせて並べてアイロンで押さえて溶かして作る工芸品である。子供向けの知育教材としても知られていて、キャラクターを模したコースターや絵画作品などを作ることが多い。
しかし、長谷川が作るアイロンビーズ作品は、ビーズがそれと分からなくなるぐらいに溶けてくっつき合わせられた不定形の不思議な物体だ。その日に作った十数個の新作は、今までの作品と共にコンテナ、買い物かご、段ボール箱、ファスナー付き袋、リュックサック、トートバック、セカンドバック、ビニール袋に入れて保管されている。これらの荷物は毎日自宅から事業所に運び込まれ、再び自宅へ持ち帰られる。
ひとつの作品を作るのに長谷川はじっくりと時間をかける。抱え膝で座ったまま、複数のビーズ用の小袋から一粒ずつ慎重に指でつまんで台紙の上の作りかけの作品の端に置く。アイロンをゆっくり前後に動かしたり、時々止めたり、スイッチをいじってスチームにしたり、ドライにしたり、一粒の装着に対して2分から10分ぐらいかけて、あたため、溶かし続ける。まるで伝統工芸のような慎重な作業である。数えきれないほどの作品があるが、一番のお気に入りはアイロンを強く押しあててビーズが型紙とくっついてしまい、焦げて茶色に変色した煎餅のようになった作品。これは別の袋に入っていたり、懐にしのばせていたりしてなかなか人には見せてくれない。
いつからか焦がすだけでなくカバンの中にあるガムの銀紙や毛、敷物・ゴザの欠片などをわざと混ぜた作品も作るようにもなった。満足いく作品ができそうな時には、「ペラペラの状況が集まってきた!」と呟くことがある。自身の作風を的確に言い当てた妙なる表現だ。
このようにして作り続けられているアイロンビーズ作品は、まるでデカルコマニーのような不思議な形状と色合いをもっている。プラスティックの発色の良さも相まって南米の鮮やかな昆虫の模様などを彷彿とさせる。一見無意味にも感じる工程やセオリーから逸脱したよくわからない行為や素材の破壊ともいうべき行為によってこの世に現れたよくわからない物体が美しさを放つことの面白さ。混ぜられた何かの残骸はまるで思い出を封じ込めているような印象を与える。鞄に無造作に入れられた状態ではわかりづらいが、一つずつ取り出して眺めると、数粒を集めただけの芋虫のような小さな作品から、扇状の重みを感じる大きさの作品まで多種多様であり、そのカラフルな色合いとビーズの組み合わせが作る予想できない形状は、見るものを飽きさせないリズミカルな輝きを放っている。
職員達が初めて溶けた作品を作るのを見た時、素材がここまで溶けて変化することに驚き、これまでにない新しい素材の使い方、魅力を教えてもらったような気持だったそうだ。創作を通して周囲に新しい価値を提供していた彼と周囲の関係性は、まさにアートが醸し出した風景であると言えよう。(米田昌功/岡崎市美術博物館学芸員)