
作品調査
姫野 暁HIMENO Satoru
1991年生まれ 大分県在住
※以下の文章は、「滋賀県アール・ブリュット全国作品調査研究」令和6年度報告書から抜粋したものです。
躍動的な野生動物たちが、モノトーンの滑らかな細い線で描かれている。顔と体の比率はアンバランスだが、それが面白い。自分が気になった部分ほど、大きく表現されているのかもしれない。
姫野暁さんは、別府市に暮らしている。作業所で仕事をしながら、20年前から週末は欠さず田中絵画教室に通っている。「毎週土曜日が待ち遠しいようなんです」と、母の睦子さんがいう。絵画教室の先生であり、画家の田中巌久さん(75)も、「彼とは腐れ縁だね。僕は100歳まで絵画教室をやるよ。そうなると、サトちゃんも63歳か!」と笑った。田中先生も教えるというより、暁さんの仕上がってくる作品を楽しんでいるようだ。持ちつ持たれつのいい関係のように見える。
朝8時半。福祉タクシーを利用し、一人で田中絵画教室にやってきた暁さん。すぐに所定の位置に座り、スケッチブックと動物図鑑を開き、カンガルーの続きを描き始めた。割り箸の先端を田中先生が、カッターナイフで尖らせ、黒の漫画インクをつけ、6号のスケッチブックの上を走らせる。時々、図鑑の絵柄を確認しているが、どこを象徴的に描いているのかを観察していると、少し陰になった部分や、毛が少しだけ跳ねているところなど、見落としてしまいそうな部分が特に強調されていることがわかった。
完成した作品を見ていると、実際のものよりも、陰影がはっきりと描かれ、コントラストが強い作品に仕上がっていた。それを見込んでのことなのか、カラーではなく、モノトーンで描かせているという。
母の睦子さんは、田中先生の芸短大時代の後輩。息子の絵が面白いと、田中絵画教室に持ち込んだのが始まりだったという。最初は、メガネやホッチキスなどの単体をカラーで描かせていた。動物を描くようになったのは、教室に通い始めてからだった。「こっちが動物をリクエストし、描いてもらうんです。羽を広げたクジャクとか陰影が面白そうなものを選ぶと、期待通りに仕上がりますね。のっぺりした図版でも、暁は、光と影を描いているのだと思います」。睦子さんだからこその親子の楽しみ方だ。
「暁さんの好みの動物や、描きたいものはなんですか?」と尋ねてみた。
「実は、そのこだわりが暁にはないんです。どんな難しいものでも、頼めば文句一つ言わずに、必ず描いてくれるんです。こだわりの強い自閉症のはずですが、そこのこだわりがない不思議な自閉症なのです。例えば、新しい服を買ってきたら、すぐにそれを着てくれて、古い服は卒業してくれます。これじゃなくてはダメというものがないので、こうして欲しいという願いを受け入れてくれるのです」
たまたま調査日に、大分市と別府市で暁さんの絵が展示されていた。そして大分駅前では、工事中の仕切りに巨大な印刷をされた暁さんの作品が、街を行き交う人たちの目を楽しませていた。
作品にこだわりがありながら、素材や題材にはこだわらない。しかし、暁さんの動物図鑑は確実に進化し続けている。(大西暢夫/カメラマン)