
作品調査
井村 ももかIMURA Momoka
1995年生まれ 滋賀県在住
※以下の文章は、「滋賀県アール・ブリュット全国作品調査研究」令和6年度報告書から抜粋したものです。
ユニークな形態とカラフルな色の《ボタンの玉》。18歳からやまなみ工房に通っている井村ももかさんの作品である。
《ボタンの玉》は、やまなみ工房で縫製作業に取り組む利用者たちに囲まれ、過ごしている中で生まれた。ある日、井村さんはボタンを布に縫い付け始め、やがて一枚の布がびっしりとボタンで埋まると、その布をくるくると丸め始めた。くるみ終えると布の端をしっかりと糸で縫い留め球状にする。さらに、ボタンを縫い付けた一回り大きな布を先ほどの玉に重ねてくるむ。そして、端を再び糸で縫い留める。その上をさらにボタンを縫い付けた布で覆ってゆき……、色と形がさまざまに変化しながら育ってゆく不思議な生き物のようなそれは、ある日突然、成長を終えて完成となる。
作品は中までぎっしりとボタンが詰まり、手に取ると、見た目から想像するよりもズシリと重い。ちょうど同じサイズのキャベツ玉を手にした感触に近い。
布、ボタン、糸、これらの材料はすべて自身が選ぶ。思う色がないと、スタッフに頼んで買ってきてもらう。《ボタンの玉》は隠れた中心部から表まで、こだわり抜かれた配色の塊である。
井村さんの色との関りは普段の生活の中にまで深く入り込んでいる。例えば食べ物。好き嫌いに影響するのが「味」より「色」なのだ。毎朝着る服を井村さんは自分でコーディネートするが、オレンジ色の服を着ている時に、服の色に合わせてオレンジジュースを選んで飲むことが多い。そして苦手なのが「白い食べ物」。つまり、うどん、しゅうまい、白いお麩などが苦手で、これが登場するととたんに箸が進まなくなる。毎日遭遇する白いごはんにはひと工夫が必要で、井村さんのバッグにはいつもふりかけがしのばせてある。ごはんにふりかけで色をまぶすと食べられるのだ。
《ボタンの玉》は製作が始まって10年以上経過しており、その間玉は太ったり細ったり、躊躇なく形は変わってゆく。縫い付けられるボタンもにぎやかな多色から、やがて統一性が見られるようになっていく。欲しい色がないときには、マーカーで着色し、色を作るようにもなっている。
また、作り初めの頃は、ボタンを縫い付けた布を何枚も重ねていたが、現在は一枚の布だけを丸めて完成している。
さらにかつてひと玉で完結していた作品は、現在は集合体で一つの作品となっている。5年前、井村さんにお会いした当時には机の上に10玉ほど並んでいたが、その集合体の作品は今まだ続けて制作中で、現在100玉を超えている。玉はそれぞれNHKの子供番組『おかあさんといっしょ』に登場するキャラクターを表しており、井村さんはひと玉仕上がるごとにスタッフに報告し、写真を撮ってもらい、机に並べ、そして紙にキャラクター名を書き込んでいる。
こうやって作り足されてゆくこのシリーズがいつ完成するのかは誰にもわからないが、井村さんによって人知れず貼り足された紙の余白を見ると、まだしばらくこのシリーズが続くことを予感させる。
井村さんの特徴はパフォーマンス性がある、という点も欠かせない。仕上がった《ボタンの玉》を、トレードマークにもなっているピンクの頭に乗せ、バランスをとりながら歩く。そしてほがらかに歌う。井村さんの爛漫としたこの景色は、印象強く人々の心に残っていく。(土居彩子/アートディレクター)