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作品調査

三井 啓吾MITSUI Keigo

1970年生まれ 滋賀県在住

《ふうせん》

2022年 730×910 キャンバス、アクリル絵具、鉛筆

《ふうせん》

2021年 380×455 キャンバス、アクリル絵具、ポスターカラー

《ふうせん》 

2023年 730×910 キャンバス、アクリル絵具、鉛筆

《ふうせん》 

2022年 730×910 キャンバス、アクリル絵具、鉛筆

※以下の文章は、「滋賀県アール・ブリュット全国作品調査研究」令和5年度報告書から抜粋したものです。

 三井啓吾は、やまなみ工房に所属し、制作を行っている。やまなみ工房施設長の山下完和が、アート活動(アトリエころぼっくる)を始めることになった直接のきっかけが、当時から描くことに並々ならぬ執念を燃やしてきた三井の存在である。このことを考えると、三井は、やまなみ工房にとって重要人物であるといえるし、また、彼の作品はすでに様々なところで紹介されてきた。一方、本調査では、まだあまり知られていない(展覧会出品などがされていない)、2021年以降の近作について述べる。
 近年、三井は図版のような、カンヴァスを支持体に、赤と白と黒を基本的な色として構成する作品を描いている。ドットや丸など、同じ形の繰り返しが多く見られ、反復的な画面構成となっている。一方で、反復される形は画一的ではなく、大きさやその形状がそれぞれ微妙に異なっている。作品によっては、絵の具で着彩されていない下地部分が見えるところがある。そうしたところには、鉛筆で多数の丸が描かれていたり、複雑なラインが幾重にも重なるようにして引かれていたりする。
 では、三井がこのスタイルの絵をどのように描いているかについて記述する。彼はまず、カンヴァスに鉛筆で丸を描いたり、ラインを引いたりする。その後、絵の具をその上に塗り重ねていく。その際、絵の具チューブをカンヴァスの上に直接絞り出すという。そうして出来た絵の具のたまりを、指ですくって、画面の他の部分にこすりつけるように描いていく。絵の具が画面のすべてを覆い尽くし、もともと地の部分に鉛筆で描いていた線がすべて消えることもあるようである。一つの絵に対し、絵の具は、50本以上使われることもあるようだ。
 様々な形、線、色が、絶妙なバランスで組み合わさった抽象的な印象の漂う2021年以降の近作であるが、これらの作品には明確な画題がある。それは、風船である。絵の中に描かれている丸(ないしは丸みを帯びた形)について、「これはなんですか?」と三井に質問すると、彼はそのすべてに「風船」と答える。つまり、絵の具で埋め尽くされてしまった下地に鉛筆で描かれたものも含めると、1点の作品のなかに膨大な数の風船が描かれていることになる。 
 実は、三井と風船の関係は、極めて深い。実際に、調査時にも彼のカバンには多くの膨らませる前の風船が入っていたし、やまなみ工房の職員によれば、実家にもふくらませた風船が複数飾られているという。三井の風船との関わりは、幼少期に遡る。彼の両親は、スーパーマーケットを営んでおり、多忙を極めていた。その影響もあって、三井は一人で過ごす時間が多かったという。その際に彼の傍らにあったのが、風船とクレヨンであった。三井は、幼少の頃から、膨大な一人の時間のなかで、風船を触ったり、それを描いたりということを続けてきたのである。
 やまなみ工房で活動を始めるようになってからは、風船以外の様々なモティーフも絵に描いてきた。たとえば、遠足で行った遊園地や、施設の活動で栽培していたさつまいなども描いている。このように、外からの情報に呼応するように描かれた作品も多く残されている一方で、風船は、どのような時代においても、常に彼の画題となってきた。 
 三井は何十年にもわたり風船を描き続けてきた。そう考えると、近作すら、彼が人生を懸ける「風船を描く」という営みの通過点とすらいえるのかもしれない。しかしながら、近作を見る限りでも、彼の風船の描画は、円熟の域に達し、オリジナリティに溢れた表現となっているといえる。(山田創/ボーダレス・アートミュージアムNO-MA学芸員【執筆当時】)

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