NO-MA ARCHIVE(ノマ アーカイヴ)

作品調査

中西 秀男 NAKANISHI Hideo

1968年生まれ 愛知県在住

自室の様子

自室壁面

自室壁面(一部拡大)

自室壁面(一部拡大)

※以下の文章は、「滋賀県アール・ブリュット全国作品調査研究」令和5年度報告書から抜粋したものです。

 中西秀男は、愛知県みよし市にある福祉施設「泰山寮」で暮らしている。泰山寮における彼の自室の木材の壁の一面に、びっしりと、幾本もの黄色い線が描きかさねられている。線はチョークで描かれているため、線の周囲に粉塵がうっすらと付着し、壁全体に霧がかったような印象をもたらしている。中西の部屋の壁のこのようなあり様を、線と霧状の粉塵で構成された壁画と形容することもできるだろう。この壁は、一見では抽象度の高い線の集積であるが、壁に近づいてよく見ると、線の正体は文字であり、「徹子の部屋「スッキリ」「水曜プレミム」「ミヤ屋ネ屋」「DAIHATSU」「潜水リアルスープ」という、テレビ番組名や企業名(一部、文字が足りなかったり、逆に多かったりするものもある)が書かれていることがわかる。彼は、自らの居住空間において、視覚的に多くを占める壁の一面を、文字で埋め尽くしているのである。
 泰山寮は、2017年に建て替えが行われた。中西の制作もこの建て替えを機に現在の形になっていったという。建て替え前の施設では、彼は、施設の壁やガラス面に、石を用いて線を刻む方法で描線していたという(この経緯は、平成30年度作品調査で詳しく述べられている)。施設が新しくなったことにより、壁面を傷つけない方法として、職員たちとの調整の結果、チョークが用いられるようになった。一度刻むと線が残り続ける石と、何度でも消すことができるチョークでは、意味合いは異なる。石か、チョークか、中西がどちらの方法を好ましく思っているのかはわからない。状況的に、彼としてもしかたなくチョークを選んだのかもしれない。しかし、チョークで描くようになってから一週間に一度、壁面に書いたすべての文字を消すという定期的な習慣が生まれたという(しかし、現在は、彼自身の体力低下もあり、一週間に一度というペースも崩れてきた)ことは、彼の現在の表現の重要な要素であるといえるだろう。
 現在の中西の部屋は、部屋の奥の窓側に、マットレスがあり、その対面にテレビがある、というミニマルな空間となっている。調査時、中西は、マットレスに寝転んで、静かにテレビを見つめていた。また、その手には、黄色いチョークが握られていた(それは、彼にとって壁に文字を書くという行為がいかに重要であるかを示すかのようであった)。そして、テレビの隣には、あの壁画が広がっている。本稿で注目したいのは、彼のインプットとアウトプットが、部屋の中で一つになっていることである。番組名や企業名のソースは、テレビであると考えるのが自然であろう。すると、彼はテレビから多くの文字をインプットし、それを自らのうちに蓄え、その後、壁面にアウトプットしているのである。彼の部屋は、文字を取り入れることと、それを壁に書くこと、という活動が、日々を生きることと、分け難く結びついていることを物語っている。
 最後に、誤記に注目したい。例示した「水曜プレミム」は正しくは、「水曜プレミアム」であろうし、「ミヤ屋ネ屋」は「ミヤネ屋」のことであろう。施設の支援員いわく、こうした誤記の頻度は少なくないという。これを単なる中西のミスと考えていいのだろうか。一つの可能性として、彼が意図的に言葉を変えているという説が浮かび上がってくる。もし、そうだとすれば、中西は、インプットした情報に手を加えてアウトプットしているのであり、そこに、中西による文字の加除、あるいは並び替えという、こういってよければ、ある種の創意を読み取ることができるのかもしれない。(山田創/ボーダレス・アートミュージアムNO-MA学芸員【執筆当時】)

作家一覧

関連記事

ページのトップへ戻る