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よしあき

作品調査

ヨシアキYoshiaki

1986年生まれ 富山県在住

よしあき作品01
《昭和のヒーローたち》

2019年 500×1440 障子紙、鉛筆、色鉛筆、サインペン

よしあき作品02
《ロール紙の作品》

2020年 280×18800 ロール紙、鉛筆、色鉛筆、サインペン

よしあき作品03
《森の動物たち》(部分)

2020年 280×18800 障子紙、鉛筆、色鉛筆、サインペン

※以下の文章は、「滋賀県アール・ブリュット全国作品調査研究」令和2年度報告書から抜粋したものです。

 ヨシアキが描く作品は画面全体がぐるぐるの線で覆いつくされている。はじめは恣意的な抽象絵画のように感じるのだが、慣れてくると、混沌としたなかに規則性あるいはリズムのようなものや、あちこちにまとまった形が浮かび上がってくる。そこで、この作品が線描の組み合わせによって描かれた「顔」の絵であることに気づく。どの作品も繰り返し重ねられた円で表現された顔の集合体。3つの点や線が集まると人の顔のように見えてしまう類像現象か錯覚のようにも見えるが、浮かんでくる形は四つか五つの丸で輪郭と目鼻口を表したとてもシンプルな「顔面」であり、それは作者によって意識的に描かれているのだ。折り重なった線は多層的で、振動のようにも見え、音にならない音が響いているようでもある。
 地元の公募展に彼が通う事業所の職員が持ち込んだ作品は、画面いっぱいにちぎった和紙や画用紙が貼られたカラフルな貼り絵のような作品であった。公募展の担当者が紙片の間に見える落書きのようなくしゃくしゃの線が気になり、聞くと紙全体に絵を描いてから上から隠すように貼り絵をした作品なのだそうだ。しかも、線描だけの作品もたくさんあるという。担当者の強い要望で線描のみの作品も後日持ち込まれ、会場に展示された。職員はこの作品でよいのかと不安げであったが、こちらの方が本人らしい作品なのではないかとの返答に自分たちが進む方向が明るくなった思いがしたそうだ。
 さかのぼれば事業所の職員が、温和で問題行動もなく、依頼された作業にまじめに取り組むヨシアキの作業内容にもっと幅を持たせたいと考え、はじめた手工芸グループの時間が現在の創作につながった。グループの仲間が楽しそうに制作に取り組む姿も刺激になったのか、いつの間にか鉛筆をぐるぐる回して落書のようなことをしていたそうだ。使うのはいつも同じ2Bの鉛筆。黒っぽい中に埴輪のようなものがときどき見える。真っ黒になるまで鉛筆を回し続けるのを見かねて、その前に手を止めるようアドバイスされることもあったが、「止めない方がいい!すごいよ!」との意見があり、職員間で話し合い、彼が納得いくまで描くのを見守るようにした。やがて暇があれば行うようになり、今では一日の活動の中心となっている。以前は周囲のことが気になって作業に集中できなくなることもあったが、今では職員がそこにいることを忘れるぐらい静かに集中してその場にいられるようになった。事業所で絵を描くようになったと同時に家でも、帰宅すると台所の机に広告の紙などを広げて絵を描くようになった。それまでは家でも絵を描くのが好きという印象はなかったそうだ。今は、帰宅後のルーティンとして定着しており、インターネットで好きな動物、猫や鶏の動画を見るのと同じくらい重要な日課となっている。事業所内で利用者それぞれの個性や好きなことを生かして本人らしく活動できることをと配慮したことが、ヨシアキの素敵な変化を促すことにつながった。職員も家族も、これからも好きなことを尊重していきたいと考えている。今は、プロレスラーとして活躍していて、あまり会えなくなった弟をテレビで応援することと絵を描くことが元気の素。家でも事業所でも笑顔に囲まれていることが、自分ができることに素直に取り組む姿勢を育み、ありのままの表現活動につながったのだろう。
 絵のテーマはいつも決まっている。それは家族、猫、職員など、彼の人生に関わっている人や動物。無数のそれに囲まれた景色は、彼が思い描く理想郷なのかもしれない。広告紙から始まった落書きは、どんどん増殖を続け、10mの障子紙の作品や貼り絵を取り入れた大作にも取り組んでいる。
 「ヨシアキ画伯!」と職員が呼びかけると、いつもの人懐っこい笑顔と返事が返ってくる。(米田昌功/アートNPO工房COCOPELLI代表)

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