NO-MA ARCHIVE(ノマ アーカイヴ)

Web記事
2015.4
福祉とアートの狭間で展覧会をつくるという仕事―ボーダレスアートミュージアムNO-MAの現場から―

藁戸さゆみ

(社会福祉法人グロー法人本部企画事業部学芸員)

横井悠

(社会福祉法人グロー法人本部企画事業部学芸員)
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この文章は、2013年10月~2018年3月に亘って放送したラジオ番組「Glow~生きることが光になる~」(※)にNO-MA学芸員が出演した放送回の内容をまとめたものです。肩書は出演当時のまま掲載しています。

※2013年10月~2014年3月 提供:糸賀一雄生誕100年記念事業実行委員会
2014年4月~2018年3月 提供:社会福祉法人グロー(NO-MAの運営団体)

ボーダレス・アートミュージアムNO-MAの学芸員の二人は、社会福祉法人グロー法人本部企画事業部文化芸術推進課に勤務しながら、NO-MAで開催される展覧会の企画運営に携わっている。健常と障害、日常と非日常というボーダーを問い直し、様々な企画展を創りあげてきた二人ならではの関心や苦労、またアール・ブリュットならではの具体的な展示の工夫など、様々な話題を展開した。

NO-MAの学芸員になった経緯と現在の仕事

以前は静岡県の絵本美術館の学芸員として9年間働いていた藁戸さん。長崎出身の藁戸さんのアール・ブリュットにつながる原体験は、原爆体験者によって描かれた絵画だったと言う。プロではない作り手が、自らの体験と衝動のままに描く絵画に惹かれて、そこから絵本の世界(かつては絵本では画家の存在の地位が低かった)につながり、そして、尊敬する絵本作家 田島征三さんからNO-MAの存在を知り、就職へと至った。

一方の横井さんは、美術系大学で作品制作に打ち込む日々。お世話になった先生から現職を紹介され、関心を持つように。以前から、巷では観られないユニークなアーティストを紹介するギャラリーとしてNO-MAに何度か足を運んでいた横井さんだが、自ら運営に関わるようになった。

お二人の主な仕事は、展覧会を作ること。しかしそこには様々な工程があり、例えば、作り手に会いに行くなどの調査、あるいは作品の保存や貸し出し、作品の魅力を展覧会を通して多くの方に発信してゆくための広報など。また最近では、近江八幡市内の小学校への出張鑑賞授業や、地域へのアウトリーチも積極的に行なうなど、これらをすべて予算内に収めながら、開催日までに組み上げるという難題に毎回立ち向かっている。

作品の前にある「感覚」をこそ伝えるために

横井さんが放送時の前年に取り組んだ企画展に「Timeless 感覚は時を越えて」(2014年5月2日〜7月27日)がある。「アールブリュットに初めて出会ったときの、自分の経験や価値観が解き放たれて行く不思議な感覚」を展覧会として現そうとしたと言う、この企画展では、「作品」(というカタチになるもの)の手前にある、その作品にかけた圧倒的な「時間」の蓄積や痕跡といったものに着目している。 

例えば、NO-MAの2階に展示された、栃木県在住の西沢彰が描く大量の飛行機のスケッチ群。西沢氏は地上から飛び立つ飛行機を様々な角度から描いているが、その作品のサイズはハガキサイズからA4サイズから様々あり、その何千点に及ぶイラストの手前には彼が幼稚園の頃から描き続けてきている行為が当然ながらある。もちろん「飛行機が好きなんだな」というのがあるにせよ、その「どこまでも描き続けるという行為そのものがそれを観るものに誘ってくれる感覚」とはどういったものか? そここそを表現するためには、壁面でなく天井に展示し、かつ、それを(NO-MAの和室という空間も生かして)寝転びながら観るというこちら側の態度があることによってその感覚を助長できるのではないか。

アール・ブリュットとして紹介される作り手には、自らが作家として意識的に作品を外に発表しようとする人は多くはない。だからこそ受け取った作品を「そのまま」観せるだけではなく、その作品が生まれるときに作り手が積み重ねてきた感覚をもっともリアルに伝えるための鑑賞体験をいかに演出するかというのが、NO-MAの学芸員にとっての大切な仕事なのだ。さらに現代アーティストとボーダレスに展示する際のバランスもその都度意識しながら、NO-MAの根底にある「人の持つ普遍的な表現の力」に迫る展示を常に心がけているのだ。

「福祉」に関わることで「表現」の深みを知る

横井さんは「ホームかなざわ」という発達障害のある方々が暮らすケアホームでの支援にもあたっている。宿直として入り、入居者の日々の相談に乗る中で、「普段多くの人が気にしないような些細なことでも、彼らにとってはとても大きな出来事だったりする。そのことを知るたびに、他者に対する理解につながった」と語る。このことはさらには、人が何かを作り続けるということも、「生きるために必要なことであり、その人を形成するための表現である」という認識へとつながった。

また、藁戸さんは、「福祉」を「地域づくり」にまで広げて捉えた時に、NO-MAで行なっている街中企画展「アール・ブリュット☆アート☆日本」シリーズにおいても大きな感触を得ていると、話す。NO-MA界隈の複数の町屋で行うこの展覧会の第2回(2015年2月21日〜3月22日)では、多くの近隣住民を含めた有償ボランティアの方が83名も参加。それぞれが作品解説や受付などを務める中で、アール・ブリュットに触れ、かつ観客に町屋の解説まで進めてくれる姿に、学芸員も含めて時に「館」を飛び出し、地域に関わってゆく可能性を感じた。一人の作家にぐっと歩み寄る姿勢も、アール・ブリュットを外に開いていく姿勢も共存しながらNO-MAの未来を担ってゆく、二人の学芸員の頼もしい声を届けることができた。

出典:『アール・ブリュットの(と)声 ラジオ番組「Glow~生きることが光になる~」ドキュメントブック』(2019年3月31日発行)
平成30年度滋賀県障害者造形活動推進事業

藁戸さゆみ
長崎県出身。社会福祉法人グロー法人本部企画事業部学芸員。絵本の美術館で学芸員として9年間の勤務を経て2013年より現職。作品調査や、「カソケキ+チカラ」展、「アール・ブリュット☆アート☆日本」展などを担当。

横井悠
三重県出身。社会福祉法人グロー法人本部企画事業部学芸員。作家としても活動しながら2010年より現職。「対話の庭Dialogue of Gardenまなざしがこだまする」展、「Timeless 感覚は時を越えて」展などを担当。
(プロフィールは出演当時のまま掲載しています)

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