作品調査
上土橋 勇樹KAMITSUCHIBASHI Yuki
2001年生まれ 滋賀県在住
※以下の文章は、「滋賀県アール・ブリュット全国作品調査研究」令和4年度報告書から抜粋したものです。
上土橋の制作は、洋書の書影、並ぶ人名、映画のエンドロールやロゴなど多岐にわたる。ただ、タイトルからデザイン、人名、会社名まで、これらのどれ一つとっても実在のものではないし、多くの単語は意味を結ぶ語列にすらなっていない。ただし、それらは決してデタラメとはいえず、あたかもありそうな字の並びになっている。
モティーフの起源(origin)を持たず、オリジナル不在で、「あたかもありそう」という表層的なレベルで複製された、いわば「オリジナルなきコピー」の増殖の中に、現実世界とは違う秩序に基づいた並行世界が立ち上がっている。上土橋の仕事は、この並行世界の取り仕切りである。
制作は、彼が通所する福祉施設の「やまなみ工房」と、自宅にて、専用のPCを用いて行われる。彼のPC内には、無数のフォルダとファイルが存在している。ファイルは、主にWordかPower Pointで作られ、次の種類に大別できる。①洋書の書影風の「Book」、②人名を羅列した1枚もののWordファイル=「Paper」、③いくつもの人名が流れる映画のエンドロールを再現したPower Pointファイル=「Video」、また、④PCのペイントで書いたとみられる「動物のイラスト」もある。①~③は、多言語で作られている。英語、日本語といった親しみやすそうな言語から、クメール文字やチェロキー語などといった非常にマイナーな言語を含め、確認できただけで48言語以上を用いている。
ファイルの管理も徹底している。上述した媒体の種類ごと、また言語ごとに分類され、階層的な整理がなされている。ファイルのタイトルは、ほぼすべて英語であるが、この英語に`ついては、架空の書名・人名とは違い、おおむね意味が通っている。日本語においても言葉によるコミュニケーションはほとんどない上土橋だが、少なくとも制作においての中心的な言語は英語であり、その使い方から見ると、単語や文法を一定のレベルで理解していることが推察される。
しかし、この世界を簡単には歩くことはできない。たとえば、とあるエンドロールには、「Costume Design」の役職(役職名は基本的に正しい英語で表記されるのも特徴)で、「Mona May」と登場する。調べてみると、映画に関わる衣装デザイナーでMona Mayという人物は、実在することがわかった。上土橋世界に登場する人名は、これ以外にはほぼすべて架空のものである。こうした唐突な現実の介入――強固と思っていた法則にふいに空く穴が、この世界の読み解きをますます複雑化させる。あるいは、前触れなく複雑な数式を組み込んだPower Pointファイルが制作されているのも興味深い。その読解が困難を極める上土橋の表現だが、その分からなさこそ、最大の魅力ともいえる。
最後に、彼が自身のYouTubeアカウント(yuukiart)で、自分の作品の制作風景を自撮りして、アップロードし続けているということを申し添えておきたい。1日に2回、上土橋が操作するPCの画面が録画された、なんともストイックな動画が公開され続けている(一部、料理動画もある)。それは、上土橋が自身の知の一端を、インターネットを介して世に向けて放っている意思と、受け止めたい。(山田創/ボーダレス・アートミュージアムNO-MA学芸員【当時】)