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作品調査

服部 高典HATTORI Takanori

1992年生まれ 岐阜県在住

無題

2020-2021年 米、小麦粉など

※以下の文章は、「滋賀県アール・ブリュット全国作品調査研究」令和2年度報告書から抜粋したものです。

 服部高典は粘度のある食材を指先で捏こねるという行為を行っている。それはたわいもない日常的な行為として表出する。彼は毎食時に食材を意識的に残し、それを食後指先で捏ねる。大きさビー玉ほどの食材を手に取り、私たちが消しゴムのかすを指先でまとめるように「コネコネ」する。捏ね方は人差し指と親指だけではなく、中指と薬指を器用に使う。「捏ねる」ことが可能な食材には条件がある。ある程度の油分を含んだ穀物が適しており、例えばパン、スパゲッティ、ごはん、どらやき、クッキー、饅頭などがあるという。日常的に動きが多く、声を発することもある彼は、この捏ねる行為の最中は比較的落ち着いて集中するのだという。指先で「コネコネ」される食材は次第に原型を失い、球体になって彼の指先で長細い棒状のかたちになったり、また丸まったりと自由自在に変容する。細いもので5mm以下の長細い形状になることもあるという。水分がなくなると舐めて唾液で水分を足し、捏ねることを続ける。ときには日課の散歩の際に歩きながら「コネコネ」することもあるという。そして、夜は布団に入って寝るまでコネコネしている。それらはそれぞれの食材の色を帯びたままかたちを変容させ、最終的に抽象的なかたちになって終わる―言い換えれば「完成」する―。
 行為が終了する条件は、ある程度時間が経過し本人の気が済む場合や、食材の油分が抜けスムーズに捏ねることができなくなる場合、また母親がそろそろやめることを促して終了することもあるという。「コネコネ」は時間でいうとだいたい食後の30分くらい。予期せずにコネコネを落としてしまうと、必死に探す。あたかも自分の分身のように。最終的に捏ねて成形した食材については、彼は全く執着しないそうである。
 服部がこの行為をはじめたのは小学校のころからである。母親は最初不衛生であることからこの行為を止めようとしたという。そして、自身の趣味である陶芸と彼の捏ねる行為に共通点を見出し、陶芸をやらせようとしたこともあったがうまく定着はしなかったそうだ。母親は陶芸の活動の関係者や、障害のある子どもを持つ親たちと、多治見市で10年ほど前から彼らの作品を発表する展覧会に関わってきた。こうした活動のなかで、服部の食材を捏ねる行為とそれによって生まれた成果物に対して、表現や作品という意識を持つようになったと話す。
 彼にとって「コネコネ」は、例えば私たちが電話をしながらメモ帳に落書きをしたり、考えごとをしながら指先リズムをとったりするような、誰にでもある日常的な行為であるように思える。同時に、「コネコネ」は彼にとって刺激の多い外的世界から自分を守り、自身の内的世界を調和する行為であるようだ。彼の「コネコネ」によって生み出された作品は、繊細ながらも生きることに立ち向かうささやかな証のようである。(今泉岳大/岡崎市美術博物館学芸員)

※補足
 服部の調査は、本事業の調査方法に則り、当初は本人との面会と作品の実見、および関係者へのインタビューを計画したが、①服部本人が調査に応じることが困難であること、②そうした条件下で母親がインタビューに応じるのが同時に困難であること、③新型コロナウイルス感染症の蔓延が懸念される社会的状況下で感染が不安であること、ということからインタビューをリモートで行った。
③について、服部が重度の自閉症であり、彼を保護する唯一の役割が母親であることから、感染のリスクを最大限に避けることを何よりも優先した。

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