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曲梶智恵美さん

作品調査

曲梶 智恵美MAGARIKAJI Chiemi

1981年生まれ 熊本県在住
©アール・ブリュット パートナーズ熊本

曲梶作品01
図1ー1 《脈動》

2021年 150×935×935 板、油絵具、布、麻布、粘土、糸、麻ヒモ

曲梶作品01-02
図1ー2 《脈動》

2021年 150×935×935 板、油絵具、布、麻布、粘土、糸、麻ヒモ

曲梶作品02
図2 《春》

2008年 841×594 紙、写真

曲梶作品03
図3 《秘密の晩餐会》

2021-22年 594×841 紙、写真、クレヨン、押し花、ラインストーン、ドライフラワー

図4 《誕生1》

2014年 1167×900 板、油絵具、麻布、麻ヒモ、毛糸

曲梶作品05
図5 《誕生2》

2015年 1167×900 板、油絵具、麻布、麻ヒモ

曲梶作品06
図6 《街-海辺の街-》

2022年 1190×910  キャンバス、油絵具、布、粘土、糸、麻ヒモ、スチレンボード、石

曲梶作品07
図7 《Invisible View》

2022年 1300×1300  キャンバス、油絵具、リボン、糸、レース、ビーズ

※以下の文章は、「滋賀県アール・ブリュット全国作品調査研究」令和4年度報告書から抜粋したものです。

言葉の限界を越えて
 「痛みを他の人に伝えることは困難」と曲梶智恵美さんが言い、私が深く首肯した。ある哲学者は言う。「子どもがけがをして泣くと、大人たちは、感嘆詞を、やがて文章を教え、こうして子どもに新しい痛みのふるまいを教える。言葉は泣き声にとって代わるだけであって、痛みそのものを伝達するわけではない。」曲梶さんが美術制作を始めるようになったのも、言葉による伝達の不可能性と可能性に深く関係している。「20年以上もまえに、心理相談室にいった。考えようとすると涙がでて、言葉を発しようとしても涙がでた。心理士の先生が画用紙と色鉛筆を用意してくれた。2人で向かい合って別々に絵を描いた。なんにも考えないで描きはじめたことは覚えている。できた絵を交換した。先生から、いろんな大きさの丸があり、それらがいろんな方向に飛び出しているのが私っぽい、というような言葉をかけてもらったと思う。驚いた。今まで、伝わっていないと思っていたことが、伝わっていたのだと知った。私の中にあたり前にあることを、やり取りできたことがうれしかった。帰る時には涙が止まっていて、少しだけ心のそわそわが落ちついた実感があった。頭の中に言葉がなくなったとき、頭の中が言葉でいっぱいになったときは、何も考えず、手を動かすのがいいと思えたのはそこからかもしれない。(ご本人の文章を筆者が要約)」しんどい時のほうが作品をまとめる力があるとのこと。『脈動』は頭痛を表した作品だ。作品の真ん中に脳の中心があり、そこからキャンバス上に建てた多数の布製の塔へ放射線状に紐が伸びている。明るい部分は薬が効いてきて頭痛から解放されつつある。曲梶さんの作品のなかでも、もっとも立体的でとてつもない力を感じさせる作品だ(図1)。
 作品群は概ね二つに分けることができる。一つは、ご自身で育てている花を写真に撮って切り抜き、それを印刷物から切り抜いた動植物の写真などとともに貼った、パステル色の華やかなコラージュからなる作品群。多色のクレヨンを塗り込んだ上に黒などのクレヨンを塗り込み、スクラッチしてファンタジーのような絵を描く手法が取り入れられていることもある。そこには空気や水あるいは時間の流れが感じられる(図2,3)。もう一つは、レース編みなどをキャンバスに貼り付けその上から油彩を塗ってこんもりと盛り上げた、迫力のある作品群。『脈動』『誕生1・2』『街-海辺の街-』などがある(図4,5,6)。だいたい原色やコントラストの明確な色使いとなっているが、彼女自身それを意識したことはなかった。ただ、最新作のひとつ『Invisible View』を制作した時は柔らかな色彩に仕上げることを意識した。いつもは作品に合った音楽を聴きながら制作するが、これは『現代手芸考』という論集に触発されながら制作した。レース編みはお祖母さんもお母さんもしていたのでご自身も自然に始めていた。その一方で、警察官とその家族が多く住む団地に住んでいたためマッチョな価値観のなかに育ち、手芸することを恥ずかしいと感じていた。この本を読むうちに、手芸だけでなく私たちの生活が暗黙のうちにジェンダー的価値観に縛られていることがわかり、「あーそういうことか」と納得がいったそうだ。左上部から右下方へと、お宮参りのおくるみに包まれた赤ちゃんが配されている。様々な技法のレース編みを盛り込んだこの作品は、ジェンダーの問題を照らし出しながら、女性の生活を祝福しているようにみえる(図7)。(青木 惠理子/龍谷大学名誉教授)

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