NO-MA ARCHIVE(ノマ アーカイヴ)

作品調査

三井 崇史MITSUI Takashi

1979年生まれ 愛知県在住

無題 

制作年不詳 ノート、鉛筆、色鉛筆

※以下の文章は、「滋賀県アール・ブリュット全国作品調査研究」令和3年度報告書から抜粋したものです。

 滝に打たれている人物である。ノートに描かれた場面は4つに区切られており、それぞれの画面上部に「川上君滝行編」「SKE48滝行編」「桐谷美玲滝行編」とある。人物の隣には当該のテレビタレントだと思われる人物の名前、また学校の卒業生や先生の名前があり、テレビタレントと作者の身近な人、つまり日常的に身近に感じている人が滝行をしている様子であることがわかる。人物は水着姿で吹き出しによって話をしている。内容は「ナンミョホーレンゲッキョー うあー 水着を着てればすごく寒いよー なんで水着を着て滝行しないといけないのですか?(一部抜粋)」というような質問する人物に対して、隣の人物が「水着を着て滝行することはSKE48健康第一の一つだよ(一部抜粋)」と返答しており、概ね滝行することの理由と意味についての会話がなされている。
 制作した三井崇史は自宅の自室で、自分の愉しみとして同場面をノートに繰り返し描いている。制作は個人的な行為であることから本調査時に制作風景を見ることはできず、母親同席でご本人に話を伺うかたちになった。印象的だったのは、モチーフが水着の女性を含んでいるからか、実在する人物をモデルとしているからか、自身のフェティッシュが含まれているからか、三井は筆者と母親に時折「ごめんなさい」と謝り、申し訳なさそうな態度をとっていたことである。
 アイドルの滝行は、調べてみるとタレントの指原莉乃が2014年のAKB48の総選挙で「1位になれなかったら滝行する」の公約を掲げたが1位になれず、公約通り福井市の一乗滝で滝行したことが当時テレビ放送され話題になった。それを見た三井は、滝行するアイドルに強く興味がひきつけられ、ノートに描く創作に展開し、これを繰り返している。
 三井は東京巣鴨で幼少期を過ごし小学校で名古屋に転居、高等部は住まいからやや離れた同県内大学付属の養護学校(現特別支援学校)に進学した。高校での3年間は彼のそれまでの学校生活の中でとても充実したものであったという。三井が卒業した高校では校内の催しの際に卒業生を招待することが多く、三井は卒業生として催しに度々出席し、同級生や在勤の先生方と交流した。この場において、三井は自身がノートに描き連ねた上記の滝行シリーズや、それ以外のページにある電車やバスの乗り物-これらの運転手や乗客にも知人がモデルとして登場する-の絵を関係者に見せて話をするのが楽しみであるという。そして、この場で知り合った新しい先生方をモデルにして新たな作品を制作し、次回の催しで関係者とそれを用いてコミュニケーションをとる。三井の表現は、彼の想像世界と社会との関わりによって生み出され、作品はコミュニケーションの媒体として機能している。
 三井の作品は「母校の催しへの参加」「関係者とのコミュニケーション」「知人をモデルに制作すること」が三位一体となって生み出される表現であり、制作行為は彼の個人的で閉じた円環の中で完結している。このバランスが三井の表現にとって重要であり、乱されるべきではないことは、調査に伺った筆者に三井が「ごめんなさい」と謝ったことに示されていると感じた。調査は本人の合意のもとに行ったが、心の内に迷いがあったかもしれないこと、生活環境の中で保たれている心理的なバランスが繊細で不安定な場合があることに十分留意すべきであることを再確認した。(今泉岳大/岡崎市美術博物館学芸員)

作家一覧

関連記事

ページのトップへ戻る