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森田博康さん

作品調査

森田 博康MORITA Hiroyasu

1963年生まれ 長野県在住

森田作品01
図1 無題

画像提供:ザワメキアート展実行委員会事務局

森田作品02
図2ー1

破かれたあとの服 2021年撮影

森田作品03
図2ー2

破かれたあとの服 2021年撮影

森田作品04
図2ー3

破かれたあとの服 2021年撮影

※以下の文章は、「滋賀県アール・ブリュット全国作品調査研究」令和3年度報告書から抜粋したものです。

 森田博康は、これまでの人生の中で、数えきれないほどの衣服を破り続けてきた。図1は、長野県内の障害のある人が表現した作品の公募展「ザワメキアート」に出品された、彼自身のポートレイトである。びりびりに裂けた衣服を纏い、こちらに視線を向ける森田のたたずまいには、妙な存在感がある。
 ほとんど毎日のように衣服を破くので、すぐに着れたものではなくなってしまう。そのため、彼が入所する障害者支援施設の支援者は、代理で服をまとめて購入して、彼に提供する。しかしながら、それらも順々に破っていくのであるから、支援者と森田の間で「買っては破る」の連鎖が途切れなく続いている。
 そもそも、なぜ、服を破るのか。その背景として大きく2つのことを推察する。まず1つ目に、その「身体性」である。支援者曰く、森田はそもそも「爪でなにかを破ったりするのが好き」であるという。衣服を破ることと同時に彼は、紙を破ることにもこだわりがあるし、自分の指に爪を立てて、薄皮を剥いてしまうことも繰り返す。「指を傷つけるのはよくないので、爪にやすりをかけてあげたいが、それには大きく反発される。爪は森田さんの生命線なんですよ」といった支援者の言葉が印象的である。繊維に爪を立て、ほつれを生み、糸を抜き出すその身体感覚自体が、好ましいものとして彼とともにあるように考えられる。
 2つ目に、その「社会性」について目を向けたい。衣服を破いたら、森田は支援者から新しい衣服の提供を受ける。新しい衣服に着替えた森田は、その姿を、必ず支援者らに披露するのだという。それを見た支援者らが「森田さん似合ってるね」などといった声をかけることも含め、一連がルーティンとして彼の生活に組み込まれているそうだ。また、支援者曰く、声をかけられた森田は「うれしそうにしている」という。つまり、森田にとって衣服を破るのは、新しい衣服を獲得し、他者からの賞賛、ひいては承認を得ることにつながっている。この意味では、彼の服破りは、コミュニケーションに帰結する社会的行為なのである。
 一方で、障害者福祉の世界ではこうした服を破る行為は「破衣行為」として認知され、問題行動と見なされることも多い。これまで森田を担当する支援者の中にも、なんとか破衣行為に歯止めをかけようと、働きかけた者もいるというが、その思いに基づき彼に接すればするほどに、森田はその支援方針に反発するかの如く、大胆に服を破いたという。また、ときには他の利用者の衣服にまで手を出すことさえあったようだ。
 その後、支援者らの間で森田の行為を見る目が変わっていき、現在では、彼の大事な行為と尊重されるようになり、今では、咎められたり、止められることもなくなり、新しい衣服の提供もより安定的になされるようになった。そのおかげか、現在では自分の服を破りさえすれど、他人の衣服を破ることはなくなったという。
 森田の破衣行為は、自らが築いてきた循環的なシステムであり、自己と社会を接続させるための知恵のようにも思える。衣服を破き、新しい衣服の提供を受け、それをもとに他者とコミュニケーションする、そしてまた破る――こうした循環が、彼の人生を形作ってきたものであり、これからも続いていくだろう。(山田創/ボーダレス・アートミュージアムNO-MA学芸員【執筆当時】)

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