
作品調査
坂本 大知SAKAMOTO Daichi
1997年生まれ 茨城県在住
※以下の文章は、「滋賀県アール・ブリュット全国作品調査研究」令和6年度報告書から抜粋したものです。
坂本大知さんの絵のスタイルは、同じ人が描いたと思えないほど多様だ(図1~10)。画材によっても変わる。年代によっても変化してきた。坂本さんは現在27歳。人生のかなり早い時期から和太鼓をたたきはじめ、その演奏は名人といってもいい。大地や大気、宇宙の波動を感じたとき、それと戯れながらしなやかで力強いダンスを即興で舞ってきた(NHK シリーズ『no art, no life』 、映画『日日芸術』参照)。それまでまったく絵を描かなかったのに、あるとき突然、踊るように描き出したそうだ。今でも、絵を描きながら踊り、踊りとともに描く(補足1/YouTube映像「色彩の実験室2021」1分33秒~45秒あたり)。「彼にとって、描くことはまず動作」であり、「彼は描くというダンスを踊っている」と、周りの人々はいう。
坂本さんの絵画制作は、日々の暮らしの緩やかな力動とともにある。誰の日々の暮らしか?もちろん坂本さんの日々の暮らしでもあるが、坂本さんが日夜ともにすごす、「自然生(じねんじょ)クラブ」のメンバーたちとともに織りなす暮らしでもある。そこでは、「自(おの)ずから然(しか)るべく生きる」ことにより、メンバーそれぞれの力動が響き合いながら連なって豊かな力動が生れている。それは自然生クラブの外からの力動とも連なり合っている。外とは人間社会だけではない。土、水、火、太陽、雨、大気、森、木、作物、雑草、季節の移り変わりなどなどの力動とも連なり合う。
自然生クラブは、知的障害があると認定されている人と認定されていない人たち(以下、スタッフ)ほぼ同数、計50人弱のメンバーからなるNPO法人である。筑波山南麓の平野で野菜と米をつくり、自分たちでいただき、市場(しじょう)を介さずに、力動に連なるクラブ外の人たちに届けることを重要ななりわいとしている。有機農業をいとなむなかで、自然生クラブの人々はそれぞれのやり方でともに、季節の移り変わり、土の感触や匂い、膚に感じる陽光風雨、硬い種から瑞々しい若葉の時期を経て豊かな実りをもたらす作物の力動に連なって暮らしている。古来より、田畑は、人里とヤマ(山/森)のあわいにあり、それらの異なる力動が交差する場である。
自然生クラブの暮らしの拠点はさらに二つある。ひとつは、筑波山から流れ出る清流沿い、深いヤマと耕地のあわいにあるグループホームだ。ホーム南側には梅林が広がり、北側には炭焼き窯がある。ヤマの四季を感じながらともに暮らし、梅を収穫し、ヤマから炭にする木をともに伐り出し、里ヤマの循環をまもる。こうして、自然生クラブの人たちは、ヤマの力動と繋がっている。もうひとつの拠点は、人里にある。地元の農協から買い取った米倉を改築したTAI Museum(田井ミュージアム)と、それに併設されたカフェ・ソレイユだ。これらは、人里の交流の場となり、ここで地域、県内、国内、海外の人々の力動が交差する。田井ミュージアムは、ギャラリーと劇場からなり、展覧会、公演、アーティスト・イン・レジデンスを通じて、外からの観客や芸術家たちの活動に開かれている。そして何よりも、自然生クラブの人たちの自由な芸術活動の場になっている。
田井ミュージアムには、これまで制作した絵画、公演で使った衣装や小道具、種々の画材が、雑然と整然のあわいの並び方で、そこここに溢れている。それらは、過去を宿していると同時に、再び展示され公演に使われる可能性により、未来を宿してもいる。ミュージアムは、異なる時の力動が交差する場ともなっている。ギャラリーで、知的ハンディをもつ自然生クラブ・メンバーたちが思い思いに絵を描く。劇場で金管楽器や和太鼓がゆったりとしたリズムを刻み始めると、絵を描いていた人たちは、思い思いのタイミングで劇場へと向かい、ライトで照らされた舞台空間で、即興で、太鼓をたたき、ゆったりと力強く舞う。自然生クラブのスタッフたちも演奏やダンスに加わる。こうした舞台上での音楽とダンスの即興遊びの成果は、県内外のイヴェントに招かれて発揮されるとともに、時折緩やかな物語性をもつ作品として公演され、YouTubeを通じて、一般の人々の力動ともつながる。さらに、稲を刈り終わった自然生クラブの田んぼで、「創作田楽祭り」として遊演され、循環する農業のなりわいと時間を寿ぐ。(補足2/YouTube映像「創作 田楽祭り 2021」15秒あたり)「創作田楽祭り」は舞台化されて、海外の様々な場所で遊演された。
個性的であると同時にそれぞれ変化に富んだ坂本さんの作品は、彼自身の力動がこういった豊かな諸力動と響き合うことによって生まれている。つくば市では、2002年から毎年三月に「チャレンジアートフェスティバルinつくば」(以下、フェスティバル)を開催してきた。知的ハンディをもった自然生クラブの人たちもそこで展示するために描く。坂本さんは、2017年から毎年出展してきた(図1~8)。描く絵には、彼自身がつけたタイトルと、スタッフが書いた200~300字の心楽しい文章が付されている。そこには、それを書いたスタッフの目から見た坂本さんの日常の姿と、制作過程の様子が書かれ、それぞれのスタッフの力動とそれを坂本さんの力動とどのように響き合わせようとしているかが表れていておもしろい。私たちが訪問した2024年11月には2025年3月のフェスティバルのための絵を描いていた(図9)。この絵には、どのスタッフがどのような文章をつけるのか楽しみだ。フェスティバル展覧会を訪れる一般の訪問者は、坂本さんの日常とも制作過程とも切り離された一枚の絵画として見る。そこに付けられたスタッフの文章を通してみるかもしれない。けれど、絵そのものによく目を凝らして見ると、坂本さんの力動の痕跡が、これら9 枚すべての絵、とくに蠢く線に見て取れる。スタッフが坂本さんを励まして、力動を踊る身体から画材に伝えるのではなく、眼を通して伝えるようにして写生された「土偶」(図3)にも、坂本さんの踊る力動が標されていると思う。展覧会に向けて描かれた絵ではなく、残った紙マルチ(有機農業資材)を2×30センチメートル弱くらいに切ったうえに、坂本さんが描いた絵は、一筆書きのような踊る力動が直接表れていて楽しい(図10,11)。フェスティバル展覧会に展示された絵が、上記の舞台作品だとすると、紙マルチの絵は、田井シアターで日常的に繰り広げられる、音楽とダンスの即興遊びのようだ。(青木惠理子/龍谷大学名誉教授)
補足動画1 自然生クラブ 色彩の実験室2021
補足動画2 【完全版】自然生クラブ 創作 田楽祭り 2021