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作品調査

櫻井 一城SAKURAI Kazuki

1994年生まれ 山口県在住

図1

図2 無題 

2022年 980×1330 ポスターカラー、ベッドの敷板

図3

図4

図5

図6

図7 無題 

2019年 870×650 ポスターカラー、チョーク、パネル

図8 無題

2022~2023年 600×600 ポスターカラー、ペイントマーカー、ニス、タイヤ

図9 無題

2022年 250×150 ポスターカラー、油性ペン、流木

図10

図11

図12

※以下の文章は、「滋賀県アール・ブリュット全国作品調査研究」令和5年度報告書から抜粋したものです。

 櫻井一城さんは文字を描き込む(図1)。人が、記号と絵画のあわいにあるような文字に魅せられることは珍しくない。
 たとえば書。文字のはらむ意味と描画を融合する、紫舟や金澤翔子の書は、多くの人を魅了している。あるいは写
経。般若心経の文字列はサンスクリット語を中国語(漢字)に音写したものなので、それらの文字は記号性から解き
放たれている。紙に沁み込んだ墨液の痕跡を身体と感覚を通してあらたな紙にあらたな墨液で写す。写経という流れる行為に没頭している時、差異の体系である記号が作り出す貧富とか、強弱とか、勝ち負けなどに浸された人の世の常から人は束の間自由になれる。耳なし芳一の体にかかれた般若心経はそのモノとして、流転していかない平家の亡霊の力から芳一を護るはずであったと人は納得する。
 櫻井さんが描き込む文字群は書のように一字入魂という風ではない。写経とは異なり、手本なしに次々と折り重なるように溢れ出てくる。思わず目を凝らして見ると、人名、日付、祝日名、10年ほど前から彼が暮らしている施設名「つくし園」が読み取れることもある。人名の多くは、彼がこよなく愛し熟達しているとも言っていい「麻雀ゲーム」の登場人物だ。折り重なるような文字群がさらに何重にも上書きされ、図と地が入り乱れた状態になる(図2)。
 つくし園に入所する前から、櫻井さんは、服、持ち物、壁などに文字(らしき)群を描いてきた。いまでもそれ彼にとって心地よい日常の一コマのようである(図3、4、5)。話し言葉など、他の方法で表現することのほとんどない櫻井さんにとって、それは世界観の表出でもあるし、世界制作の方法でもある。画家でもある前園長の時から、つくし園はアート活動に力を入れるようになった。やがて、美大出身のスタッフが、櫻井さんの制作物のアートとしての面白さを多くの人たちに向けて発信する試みを始めた。まず取り組んだのは、プレハブ物置の外壁への櫻井さんによる文字群制作だ(図6)。それはさらに、展覧会場に運び込むことが可能な様々なモノ――キャンバス、合板、パレット、ギター、流木、畳、タイヤ、椅子など――へと展開され、高い評価を得るようになった(図7、8、9)。それらのモノたちは、櫻井さんの文字群の洗礼を受け新たな息吹を得る。
 彼は、文字群以外にも、独自の造形制作をおこなう。一つは、雑誌のページを自ら長方形格子状に区切り、紙面いっぱいに描いた、顔また顔だ。ギロリとした切れ長の大きな目とまっすぐな鼻をもつ顔は相互に似ているが、髪型、髪の色、唇、頬、髭、帽子などの差によってすべて異なっている。共通点と差異からなる人物群だ。驚いたことに、見開きのページに描かれた人物群はページの区切り線を境に左右対称をなして並んでいる(図10)。さらに驚いたことに、ページの裏側にも鏡像状に全く同じ人物像がそれぞれ描かれている。彼は鏡文字を描くが、それに通底する空間把握の能力と嗜好がこの造形をうみだしているようだ。彼独自の空間把握能力なくしては作ることのできない造形が、文字群の切り紙だ。折りたたんだ紙の一部を切り除く。紙を開くと、アルファベットや漢字の文字の連なりが姿を現す(図11、12)。漢字は人名であるようにも思われる。まさに天賦の才だ。これら二種類の造形は、すでに発信されてきた文字群作品とは異なり、彼自身が保管し、私たちのような外来者が触れることにわずかに不安な面持ちを見せていた。これらの制作が作品という形をとり発信される可能性に期待をよせると同時に、不安ともよみとれる櫻井さんのこころの揺らぎを大切にしたい。(青木惠理子/龍谷大学名誉教授)

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