NO-MA ARCHIVE(ノマ アーカイヴ)

作品調査

末永 征士 SUENAGA Masashi

1990年生まれ 富山県在住

《ハナデストハッパ》

2016年 1320×3260 アクリル絵の具、ポスカ、ケント紙

《アマビエストハッパ》

2019年 800×1120 アクリル絵の具、ポスカ、ケント紙

《主要魚貝海産物類之仲間達》

2020年 1120×1450 アクリル絵の具、ポスカ、ケント紙

《昇福亭龍太郎》

2023年 2000×1820 アクリル絵の具、水性ペンキ、板パネル

※以下の文章は、「滋賀県アール・ブリュット全国作品調査研究」令和5年度報告書から抜粋したものです。

 末永征士は、軽度の知的障害と自閉症を併せもち、福祉事業所に通いながら、月に1,2度行われる工房ココペリの創作活動に参加し作品を描いているアーティストだ。地元の公募展では数回の受賞経験があり、富山県美術館が主催する県内美術作家の展覧会では選抜作家の一人として作品展示する機会を得たり、大手のカフェから新店舗に常設展示する作品の依頼がきたり、地元の伝統工芸会社の新製品のデザインに作品が採用されたりなどの様々な分野とのコラボや原画販売など、創作活動に留まらないつながりが広がりつつある。また、地元の神社では、11年前から毎年奉納する2m四方の大絵馬を描いている。作品が展示されること、評価されることに対しては素直に喜び、それを目標としながらも、日々の生活や創作活動を一定のペースで変わりなく保つことができているのは、彼の実直な性格によるところが大きい。
 彼は幼い頃より電車を見るのが好きで、自然と電車の絵を描くようになった。専門の雑誌を親に購入してもらい、それを熟読し写真をお手本にして色々な車両の細かいところまでこだわって描き写すのが好きだった。特別支援学校ではできたばかりの美術部に入部した。そこでは相性の良いマーカーを使うことや、大きな画面に描く楽しさを知った。
 今は、お気に入りの図鑑や写真を見ながら、ポスカとアクリル絵の具を使って仏像から自然の風景、動物などの様々な題材を描いている。下絵の段階で手本を逸脱した大胆なデフォルメとアレンジが施され、線を引くごとにお手本の面影が消えていく。デザイン的で張りのある輪郭は、シンプルだが力のこもった印象を与える。それらの形の隙間を埋めるように描かれる不規則な無数の線や点によって、さらに彼独特の画面が完成される。工房に通い始めてから始まった、この描き方は誰に教わったものでもなく、川や山の風景を描いた頃から始まったようなので、その時の感覚がしっくりときて以後も題材に関わらず欠かせない表現になったのではと推察される。また、最近では注文に応えて描く職人的な一面も育っている。
 時間のかかる表現のため、集中する時は集中しているが、絵を描きながら、近くにいる人に時事ネタや思い出話のディティールにこだわった説明をしたり、質問攻めにしたりして楽しんでいることがある。ワークショップは色々な面で彼の日常になくてはならないものになっているようだ。
 家族は本人の興味ややりたいことを受け止め、それにあった環境や支援に力を惜しまなかった。彼が納得できていなかったり、負担になりそうなこと、親の顔色を見て決めそうなことは、回避できるようにしてきたのも、彼が評価にこだわることなくのびのびと描き続けている理由の一つである。そんな母親の話をここで紹介したい。「幼児期に絵を描いたことが嬉しくて、それを伝えたく作品を担当の医師に見せた。しかし、医師は『お母さん。この年齢の子どもであればもっと上手な絵が描けますよ』と遠回しに障害を受け入れることをほのめかした。作品のうまい下手ではなく、自分で描いたことが嬉しかっただけだったのに、寄り添ってもらえなかったことや、投げかけられた言葉が痛みとして残った。今は、好きなことや夢中になれることを受け止めてもらえる環境があり、社会とのつながりもあってそれが励みになっていることがありがたい。時代も変わり、好きなことを続けられていることに感謝している」
 高岡市の中心に位置し、年に数十万人が訪れる射水神社の拝殿横に飾られる大絵馬は、記念写真スポットとして多くの市民に親しまれていて、正月や七五三などの行事では絵馬の前に記念撮影を待つ家族が長い行列を作るなどの賑わいを見せている。三人兄弟全員が七五三の時にその年の絵馬の前で撮影をしたと話す家族は、毎年の参拝を楽しみにしていて「彼の絵を一言でいうと『ハッピーハッピー!』です」と感想を締めくくった。(米田昌功/アートNPO工房COCOPELLI代表)

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