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作品調査

山口 健太YAMAGUCHI Kenta

1980年生まれ 静岡県在住

無題

2020年 2700×1700 紙、鉛筆

無題

2021年 紙、鉛筆

※以下の文章は、「滋賀県アール・ブリュット全国作品調査研究」令和2年度報告書から抜粋したものです。

 山口健太の制作は毎日決まった時間に行われる。平日施設に到着する朝9時過ぎから10時までの約1時間と、午前中の外出から帰ってきてから昼食までの隙間時間に行うというのが彼のルーティンである。制作するのは紙に書き込んでいく計算式である。山口が書く計算式は3つのパターンに分別できる、①足し算、②掛け算、③1ずつ加算されてゆく数字である。①と②は予め分けられたマス目の左上を起点に書かれ、「1+1=2」「1×1=1」からはじまり数式が行と列でそれぞれ加算され数字が増えていく。これは、小学校の算数で九九を覚える際に使用した数式早見表である。③は巻物形状のロール紙の中央に延々と数字が加算されてゆく。今回の調査時は、③の制作を行うところをメインに見学したが、制作する1時間弱のあいだで「1660」からはじまり「1761」で終えた。つまり、彼は1時間で「1660」「1661」「1662」という流れで「1761」まで約100通りの数字を書いた。制作中の山口は時折独り言をしゃべったり笑ったりしながら、気忙しくも真剣に休みなく鉛筆を走らせていた。
 山口の書く数式の特徴は紙がいっぱいになると紙を継ぎ足しながら拡張してゆくことと、フォントが縦に伸びることである。施設が保管している彼の数式表で最もサイズが大きいのは265.0×170.0cmであり、これはB5の紙を継ぎ足した足し算であるが、列は「69」、行は「71」(途中で終わっている)まで拡張され、和が最も多い数式は「70+69=139」であった。山口が制作を終えるタイミングは内容ではなく時期である。山口は学校の1学期、2学期、3学期という学期の節目の期間に制作をはじめて終わる。
 山口の書くフォントは縦長である。すべての数字が縦に伸びている。書き方は特に「1」の縦線が丁寧で力強く、数回重ねて書く。また唯一「2」の上部の曲線をブーメラン型に太く塗り足して書いている。数字が縦に伸びるのはあらかじめ決めた枠内に桁数の多い数式を収めるためであるのかもしれない。「1+1=2」という数式と、「70+69=139」という数式を同じサイズの枠内に入れるには、どうしても後者は圧縮せざるを得ない。
 制作は山口の個人的な行為である。山口は制作を終えたものに対するこだわりはなく、制作の動機は作品というよりも、日々のルーティンにおける作業という面が強い。山口は現在の施設に通所して5年であるが、この制作は以前の施設から行っていたという。近年施設の働きかけで彼の作品が地域を中心に紹介されることが増え、また施設が販売するグッズなどのデザインに採用されることで収入を得ることもあるという。こうした環境の変化により、山口は以前よりも笑顔が増え生活も落ち着いたということから、本人にとって単なる作業の枠を超え、自己承認を伴う社会的な仕事という意識も芽生えてきているのかもしれない。(今泉岳大/岡崎市美術博物館学芸員)

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