NO-MA ARCHIVE(ノマ アーカイヴ)

対談・映像
2021.12.3
第4回 ジェイド・フレンチさん「NO-MAご近所、動画なRADIO放送局“ははー、なるほどRADIO”」日本語訳テキスト

インクルーシブ・キュレーション ジェイド・フレンチ 博士

みなさんこんにちは。本日はご視聴いただきありがとうございます。
ジェイド・フレンチと申します。
私は、現在、イギリスのリーズ大学 美術・美術史・文化学科で研究員をしています。
過去数年、知的障害のある人たちが美術展の企画(キュレーション)に携わりやすくなり、その
声が企画に反映されるような進め方について研究をしてきました。
知的障害のある人たちの企画による美術展の進行も数回つとめ、そういった企画をどのようにサ
ポートしているかについて細かく説明した著書も昨年出版しました。
この動画では、インクルーシブ・キュレーションとは「何なのか」、「なぜ大切なのか」、
そして、最も重要な、「どうやって実践するのか」についてお話ししていきます。
今回は、知的障害のある人たちが企画したイギリスの美術展、
Auto Agents(『オート・エージェンツ』)の事例を通してご説明します。
この美術展はイギリス最古のアートセンターであるブルーコート・現代美術センターで開催され
ました。

なぜインクルーシブ・キュレーションをするのか?

なぜインクルーシブ・キュレーションをするのでしょうか?
美術展の企画は、私たちの文化を構築し、映し出し、また、確立させるのに重要な役割を果たし
ます。
美術館やアートギャラリーは、中立的な空間ではなく、そこで語られる物語をはっきりと選んで
いるのです。
問題なのは、キュレーションにおいて、多様な背景をもつ人たちの声が反映されることが圧倒的
に少ないという点です。
すなわち、多くの人々、特にマイノリティグループの人々の物語、視点、経験や信念が、美術館
やアートギャラリーに映し出されていないのです。
知的障害のある人たちもそのようなマイノリティグループのひとつです。
知的障害のある人が創ったアートは増えているのに、その人たちの物語、経験、そして声は、企
画に反映されていないことがほとんどです。
キュレーションという仕事は昔から権威や専門性と結びつけられてきたため、知的障害のある人
たちが携わることは容易ではなく、クリエイティブな一人の人間、一人のプロとしてすら見ても
らえず苦労することも多くあります。

パーソン・センタード・プランニング(個を軸にした計画作成)

実は、私は今の職につく前、知的障害のある人たちのサポートワーカー(支援スタッフ)として
何年も従事していました。
そこで、イギリスのサポートワーカーの研修として、
パーソン・センタード・プランニング(個を軸にした計画作成)を学びました。
パーソン・センタード・プランニングは、個人が自らの人生とそのケアについて、計画を立てら
れるように設計された手法です。

この図式はそのプロセスを示しています。
まず、Dreams / 理想 を書き出し、次に、その人の Dreams を Goals / 目標 に細分化し、
Goals を基に Plans / 計画 を立て、Plans を Actions / 行動 に変換し、その Actions と
Plans を Review / 再検討します。
ここで重要なのは、個人のケアが専門家の見解だけに基づくのではなく、ケアされる本人に
よって決定されるべきであると表明している点です。
自分にとって何が必要か見定めて、また、自らのケアがどのようなものになるか決める権利が
あるのだと力づけるのです。
この研修で学んだことは、美術展の企画を知的障害のある人たちにとって携わりやすくする
方法を考えたとき、非常に役立ちました。
パーソン・センタード・プランニングは、大きなタスクを小さく分けていくことで、より多く
の場面で本人が決定権を持てるようにするのです。
そこで、私は、このパーソン・センタード・プランニングの考え方をキュレーションにも応用
しました。

インクルーシブ・キュレーションのプロセス

今お話ししたように、インクルーシブ・キュレーションのプロセスは、
パーソン・センタード・プランニングに基づいています。
具体的には、PATH / パス というツールを活用しています。
PATH では、まず個人が人生で実現したい大きな目標や夢を設定し、そこから、
サポートワーカーにも助けてもらいながら、その夢を叶えるために達成しなければいけない
ステップに細分化していきます。
インクルーシブ・キュレーションも同じような進め方で、進行役のサポートのもと、
小さなステップや課題、決断などに分けていくのです。
パーソン・センタード・プランニングで試行され確立されてきた手法を基に、今度はそれを
アートの分野に応用したのです。

お見せしている図には四角形が5つありますが、これはキュレーションを5つのステップに
分けたものです。
まず、必ず Research / 調査 から始めます。
このステップでは、キュレーター(企画する人)たちが美術展をたくさん観に行くよう
サポートします。
多くのアーティストと作品に触れることで、 美術展のどのような要素が自分たちに合い、
同時にどのようなものは合わないか見定めてもらいます。
次に、キュレーターたちに Big Idea / 主意 を考えてもらいます。
これが、美術展の焦点となります。
展示のテーマは何なのか?
この企画を通して伝えたいことは何なのか?ということです。
その次は Acquiring Artwork / 作品の確保 です。
決めた主意やテーマに合うような作品をキュレーターたちが探します。
この作品探しには、企画に合うようなアート作品の制作を依頼するなど、アーティストと
協力して探っていくような方法もあるでしょう。
その後、Interpretation / 解釈 に取り組みます。
解釈では、一般市民、そして美術展にきた観覧客が、作品と美術展そのものの意味を広く
理解できるようサポートします。
ラベルを書いたり、ツアーやビデオを作成したり、
美術展により深く関わってもらえるよう、アクティビティを計画することもあります。
最後に、Instalation and Exhibition / インスタレーションと展示です。
この最終ステップでは、美術展がどう見えるようにしたいのか、設営するための計画、
技術者との協力、そして最後に美術展が一般公開されるまで、キュレーターたちを
サポートします。

Auto Agents(『オート・エージェンツ』)展

ここからは実際にインクルーシブ・キュレーションでつくられた美術展をご紹介します。
Auto Agents (『オート・エージェンツ』)展の事例を見ていきましょう。
Auto Agents 展は、知的障害のある人たちによって企画された視覚芸術展で、
2017年、ブルーコートで開催されました。
その後、ランコーンにあるザ・ブリンドリーでも展示されました。
展示の焦点は autonomy (自主性)。
キュレーターたちの言葉を借りると、「自分のことについて決断することによって
主体性を得るとはどういうことか」です。
この主意は、キュレーターたちが個人的な経験から着想したもので、知的障害者として
自分のことについて決める機会を奪われてしまうという声を形にしたものです。
アーツカウンシル・イングランドからの助成金をつかい、
Auto Agents 展では地元のアーティスト2名、ジェームズ・ハーパーとマーク・シモンズ
に作品の制作を依頼し、キュレーターたちと協力しながら創った作品が展示されました。
この依頼制作品に加え、ロンドンを拠点に活動するアーティスト、
アレーナ・ターナーの作品も展示されました。

キュレーターたち

ここで、キュレーターたちをご紹介したいと思います。
Auto Agents 展は、知的障害のある5人のキュレーターが企画しました。
エディ・ラウアー、ハンナ・べラス、トニー・キャロル、ダイアナ・ディズリー、
そしてリア・ジョーンズです。
全員、キュレーターとして参加するために応募し、半数はハルトン・スピーク・アウト
という知的障害者たちのセルフ・アドボカシー団体のメンバー、半数は知的障害者の人
たちのアーティストスタジオであるブルーコーツ・ブルー・ルーム・プロジェクトの
メンバーでした。
ですので、アートとセルフ・アドボカシーの両面から、色々なスキルを持ち合わせた
キュレーター集団になっていました。

作品の確保

次は、インクルーシブ・キュレーションのプロセスのひとつを、もう少し詳しく見てい
きたいと思います。
インクルーシブ・キュレーションの3番目のステップ、作品の確保です。
この段階では、キュレーターたちが起用するアーティストや作品を選ぶのをサポート
します。
作品を見つけるには色々な方法があります。
すでに完成されている作品を扱うなら、キュレーターたちがリサーチ中に見つけたもの
を選ぶこともあれば、オープンコールを通して募集することもできます。
または、全く新しい作品の制作を依頼することもできるでしょう。
どの手段をとるかは、展示自体の要素によって変わってくるでしょう。
例えば、時間、予算、リソースなどです。
Auto Agents展では、キュレーターたちは地元のアーティストたちに呼びかけ、
有償でワークショップを開いてもらいました。
ワークショップでは、アーティストたちが製作中の作品について紹介してくれたり、
キュレーターたちと一緒に制作することでアートについて学びました。
その後、キュレーターたちは、美術展のための作品制作を依頼するための助成金10,000
ポンドをアーツカウンシル・イングランドからいただきました。
制作の依頼にあたり、キュレーターたち自身で概要も決め、サイズは大きく、様々な
感覚に訴えかけるアートで、そしてautonomy(自主性)という主意を反映したもの、
としました。
その後、ワークショップに参加したアーティストたちと面談をし、
ジェームズ・ハーパーとマーク・シモンズに決めたのです。

意思決定合意ツール

しかしながら、アーティストとキュレーターとの関係性が複雑であることはよく知られ
ています。
新しく作品制作を依頼する場合は、なおのことです。
どんな作品になるか最終的に決断するのは、アーティストなのか?
それともキュレーターでしょうか?
Auto Agents展の企画では、これが非常に難しかったです。
作品のキュレーションについて、全員が自分の考えを伝えることができ、
聞いてもらえる場をつくることが重要でした。
このプロジェクトを通して私たちが学んだのは、全ての行動と決断が、少しも隠される
ことなく、明確でなければいけないということでした。
どのような決断がなされなければいけないのか全員が理解し、その決断に関して、
それぞれが伝えやすい方法で、自らの意見を伝えられる機会がなければいけません。
ここでも、パーソン・センタード・プランニングが役立ちました。
キュレーターたちとアーティストたちの間で
Decision-making Agreements(意思決定合意書)をつくるよう、サポートしたのです。
意思決定合意書は、社会的ケアの場面で、専門家、サポートスタッフ、そして家族が、
知的障害のある本人が決めたことをサポートできるよう使われているものです。
意思決定合意書には、決める必要がある重要な決断、その決断の過程には全員が参加
しなければいけないということ、そして何よりも重要な、
「最終的な判断は誰がするのか」が詳細に書かれています。
これをあらかじめ作成しておくことで、意見が対立したときにも、道しるべとして機能
するのです。
Auto Agents展のキュレーションでも意思決定合意書を使用し、キュレーターたちが
企画の過程で直面した様々な決断の道筋をたて、記録し、議論するのに活用しました。

さあ、次は?

では、次のステップはなんでしょう?
私は今、『イレギュラー・アート・スクールズ』という新しい研究プロジェクトに着手
しています。
このプロジェクトでは、知的障害のあるアーティストやキュレーターたちの専門的能力
を伸ばすサポートができるよう新たに取り組んでいます。
プロジェクトの鍵となる要素のひとつは、知的障害のあるアーティストやキュレーター
たちが、私が働く、リーズ大学の美術・美術史・文化学科で学ぶことができる方法を
探し、試すことです。
このインスピレーションは、ロジャー・スリーから来ています。
彼は、「真にインクルーシブな(様々な声を反映する)社会となるためには、
人をレギュラースクール(ふつうの学校)とスペシャルスクール(特別支援学校)
に分けるのではなく、みんなが机を並べてともに学ぶことができる
『イレギュラースクール(ふつうじゃない学校)』をつくるべきだ」と語っています。
ということで、私の次のプロジェクトでは、リーズ大学の美術学科を『イレギュラー・
アート・スクール』へと変貌させるよう取り組んでいきます。

ご視聴ありがとうございました。


メールアドレス: j.french2@leeds.ac.uk

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